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反応制御化学分野 教授 土井 隆行

生理活性天然物環状デプシペプチドに魅せられて

 2008年4月より反応制御化学分野に参りました。最近興味をもっていることについて自己紹介も含めてお話ししたいと思います。
 エステル結合をもつ環状ペプチドを環状デプシペプチドと呼びます。ペプチド結合をもつ天然有機化合物には通常のアミノ酸だけでなく、非天然型のアミノ酸、N-メチルアミノ酸、複数の不斉中心をもつ官能基化されたヒドロキシカルボン酸などを構成成分とするものがあり、環状デプシペプチドについても数多く単離構造決定されています。これらは構成成分の違いにより異なる生理活性を示します。筆者は、この構造の多様性と生理活性の違いに興味をもち、環状デプシペプチドの全合成研究をもとにした生体制御分子の創成研究を行っています。
 学生時代には、東京工業大学で辻二郎先生、高橋孝志先生のもとで特殊な構造をもち合成が難解な天然物の骨格合成を研究しました。特に9員環エンジイン化合物の合成では不安定で黒くなっていく化合物と格闘したことを思い出します。博士取得後、アメリカコロンビア大学のStork先生のもとで博士研究員として合成の難解なタキソールの全合成研究に挑戦しました。タキソールの合成には全く及びませんでしたが、化学的本質を解決しようとする研究姿勢、知的好奇心をそそるディスカッションなど多くのことを学び、貴重な2年半を過ごすことができました。一方、これらの研究過程で合成したモデル化合物では天然物のような生理活性は全く発現せず、なんとか天然物を超える生理活性をもつ化合物をつくりたいという思いが強くなりました。助手になりオーリライドという天然物を名古屋大学名誉教授の山田靜之先生からご紹介いただいたのが、環状デプシペプチドとの初めての出会いです。オーリライドはガン細胞に対して非常に強い細胞毒性を示しますが、構成成分のアミノ酸や脂肪酸の置換基の立体化学が一つ変わるだけで、あるいはN-メチル基が一つなくなるだけで生理活性が大きく低下することを経験し、洗練された天然有機化合物の構造に奥深さを感じました。これを機に天然物の構造を基盤とし、様々な誘導体が一挙にできる合成法を開発することで、なぜ特定の環状デプシペプチドが特異な生理活性を有するのかを明らかにしたいと考えるようになりました。特異な構造を有する化合物の構造多様化を念頭に研究を行っています。
 その一つとしてアプラトキシンAという海洋産天然物環状デプシペプチドの研究を行っています。ガン細胞に対して強い細胞毒性を示すことはわかっていますが、その作用機構は解明されていません。アプラトキシンAを海洋産物から再度単離するのは困難なため全合成による供給が不可欠となっています。天然物の全合成には多大な労力と時間が必要となりますが、合成ルートの探索過程でいろいろな発見があります。予定の反応が思ったとおり進行しないなど、多くの苦労はありますが、その場で出てきた課題を深く考え、自分で思いついたアイデアを繰り返し試し、その問題を突破するという発想力、合成力は、挑戦すればするほどに身につきます。研究者の努力はもとより、転んでも転んでも起きあがる不屈の精神があって全合成に到達することができます。一方、近年のめざましいコンピュータの進歩とともに計算化学も大きく発展しています。作用する分子どうしの相互作用を三次元的に視覚化することが可能であり、計算化学と合成化学をしっかり融合することで、自分で分子を創るという分子設計が可能になると考えています。これらの力を兼ね備えた研究者を育成し、輩出したいと思います。
 研究室を卒業する学生さんが、毎年社会に出て参ります。卒業生の皆様におかれましては、どうぞ後輩を温かく迎えいれ、叱咤激励を頂戴したく宜しくお願い申し上げます。
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