【発表のポイント】
- 抗体医薬品はがん細胞などの細胞表面の目印となる特定の抗原をピンポイントで狙い撃ちするため、高い治療効果と副作用の軽減が期待されています。
- 抗体のFc 領域に存在する1対のN-結合型糖鎖注1)は、抗体の体内動態や抗体依存性細胞傷害活性注2)に影響を与えることが知られています。糖鎖構造を改変して抗体の機能を向上することが期待されます。
- 今回の研究では、FcγRIIIa注3)アフィニティーカラムクロマトグラフィーによる精製操作を加えることで、1対の糖鎖の左右非対称型を作製できる技術を開発し、作製できる糖鎖均一抗体の数を10倍以上に増大させました。
- 非対称型糖鎖抗体の中から優れた抗体依存性細胞傷害活性や熱的安定性をもつものが見出されました。今後、産業的にもバイオシミラー・バイオベター注4)の開発に貢献することが期待できます。
【概要】
星薬科大学薬学部・医薬品化学研究所/東北大学大学院薬学研究科医薬品開発研究センター(クロスアポイントメント)の眞鍋史乃教授(責任著者)は、津本浩平教授(東京大学大学院工学系研究科)、長門石曉准教授(東京大学大学院工学系研究科)、山口芳樹教授(東北医科薬科大学薬学部)、岩本将吾研究員、星野尾麻子研究員、三谷藍研究員、住吉渉研究員、木下崇司研究員(株式会社伏見製薬所)らとの共同研究で、抗体がもつ1対の糖鎖構造を左右非対称な形で均一化する技術を開発しました。この技術により作製できる糖鎖均一抗体の種類を10倍以上増大でき、その結果作製した糖鎖均一抗体ライブラリーは世界最大のものとなりました。
この技術により、治療用抗体の糖鎖構造を系統的に改変し、優れた抗体依存性細胞傷害活性および熱的安定性をもつ抗体を見出しました。この成果により、抗体の糖鎖を改変することで、抗体の機能を調節できることが示されました。今後、より効果的で安全な抗体医薬品の開発が期待されます。
研究成果は2024年8月7日(日本時間)にアメリカ化学会誌『ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサイエティー (Journal of the American Chemical Society)』オンライン版に掲載されました。
【用語説明】
注1)N-結合型糖鎖
糖鎖は、タンパク質や脂質に結合した複雑な炭水化物であり、生体内で多くの重要な役割を果たしています。特に抗体に付随する糖鎖(N-結合型糖鎖)は、N-アセチルグルコサミン、マンノース、ガラクトース、N-アセチルノイラミン酸からなる複雑な構造をしています。タンパク質アスパラギンの側鎖アミド基に結合している糖鎖をN-結合型糖鎖といいます。複雑な生合成経路から構造は不均一です。N-結合型糖鎖は、抗体の安定性、効果、及び免疫応答を調節する上で重要です。
注2)抗体依存性細胞傷害活性 (Antibody-Dependent Cellular Cytotoxicity、ADCC)
モノクローナル抗体療法において、抗体依存性細胞傷害活性は治療効果を高める重要なメカニズムです。例えば、特定のがん治療薬はADCCを介してがん細胞を攻撃します。
特定の抗原に対する抗体が標的細胞の表面に結合し、抗体のFc領域(定常部)が、ナチュラルキラー(NK)細胞やマクロファージなどの免疫細胞のFc受容体に結合します。Fc受容体が抗体を介して標的細胞を認識した後、免疫細胞はシグナル伝達を通じて活性化され、細胞毒性物質を放出します。これにより、標的細胞が破壊され、アポトーシス(細胞死)が誘導されます。
注3)FcγRIIIa (Fcガンマ受容体IIIa)
免疫システムの重要なタンパク質であり、主にNK細胞に多く発現しています。FcγRIIIaが抗体のFc領域に結合すると、NK細胞が活性化され、標的細胞の破壊が促進されます。このプロセスは、がん細胞や感染細胞の排除において非常に重要です。FcγRIIIaとの結合は、抗体の効果を左右する重要な要因であり、特に抗体医薬品の開発において、その結合力や機能性を最適化することが求められています。FcγRIIIaとの結合をはかることができるFcγRIIIaを担持させたアフィニティーカラムは、抗体のカラム保持時間が長いほどADCC が高くなる傾向があります。
注4)バイオシミラー・バイオベター
バイオシミラーは主に医療費削減を目的とし、バイオベターは患者の治療効果や利便性を向上させるために開発されます。どちらもバイオ医薬品市場において重要な役割を果たしています。バイオシミラーは、既存のバイオ医薬品(参照製品)と非常に似ているが、同一ではない生物製剤です。参照製品と比較して、同等の品質、安全性、および有効性をもつことを示すために臨床試験を行います。バイオベターは、既存のバイオ医薬品を改良し、何らかの形で性能や利便性を向上させた生物製剤です。薬剤の安定性向上、投与頻度の減少、副作用の軽減、効果の持続時間の延長などの点が改良されます。
【問い合わせ先】
東北大学大学院薬学研究科 医薬品開発研究センター
教授 眞鍋 史乃(まなべ しの)
E-mail shino.manabe.e1@tohoku.ac.jp