代表的な研究論文 (プレスリリース)
Representative Publications
私たちの研究室について
ストレス応答機構の解明による疾患治療
私たちの体を構成する細胞は、様々なストレスに対する応答メカニズムを有しており、ストレスの種類や度合いに応じて細胞生存シグナル・炎症シグナル・細胞死シグナルなど多彩なストレス応答シグナルを巧みに使い分けています。一方で、これらのシグナル制御機構が破綻してしまうと、細胞の無秩序な増殖による「がん細胞の悪性化」、過剰な炎症による「自己免疫疾患」、過度な神経細胞死による「神経変性疾患」など重篤な疾患の原因になります。我々は、これらの細胞ストレス応答の根底にあるメカニズムを解明することで、細胞内シグナル経路の生理的役割を明らかにしていくとともに、種々の重篤疾患に対する画期的な治療法の提案を目指しています。
研究内容
1.ストレス応答システムの解明による疾患の治療戦略開発
生体や細胞は、常に環境変化や活性酸素・紫外線などのストレスに晒されています。生体や細胞は、ストレスに対して上手く応答・適応するシステムを備えており、このストレス応答システムによって生命の恒常性を維持することができる、すなわち生きていくことができるわけです。例えば、活性酸素に対しては、抗酸化物質の合成や、活性酸素によって障害を受けたDNAなどを修復するシステムが働きますが、DNA修復ができない程度に強く障害されると、アポトーシスによって自発的に細胞は死んでいき、癌などの疾患を防ぐことができます。多くの疾患は、このストレス応答システムの破綻によって引き起こされると考えられます。従って、ストレス応答システムを理解することで、疾患の病態解明や治療戦略開発が可能となるわけです。
我々の研究室では、このストレス応答システムの中で、多様なストレスを感知し、その情報を細胞内で伝え、様々な応答に変換していくシグナル伝達分子である、ストレス応答キナーゼに注目して研究を行っています。その一例として、活性酸素に応答するストレス応答キナーゼASK1 があります。我々は、ASK1が活性酸素の産生を介して炎症や免疫応答を促進することを見出しました。生体にとって、ウイルスや細菌などの病原体も、生命の恒常性を乱すという意味でストレスの一種です。病原体感染に対する防御応答のバランス制御が乱れ、過剰になってしまうことが、炎症やアレルギー、自己免疫疾患の原因です。このような病原体感染ストレスに対して、生体がどのようにして感染ストレスを感知し、その感染ストレスの強さに応じた免疫シグナルを誘導するのか、また、誘導された免疫シグナルのバランスがどのように制御され、その異常・破綻が免疫疾患の原因となるのかについては良く分かっていません。我々は、ストレスを感知するセンサー分子や、ユビキチン関連酵素などを含む様々なASK1活性制御因子の解析を通じて、そのメカニズムについて明らかにしていきたいと考えています。
2.トランス脂肪酸の毒性メカニズムの解明
工業的な食品製造過程で産生され、一部の加工食品に含まれる「人工型」トランス脂肪酸は、循環器系疾患や生活習慣病などのリスクファクターであることが多くの疫学研究から示されています。そのため、欧米諸国では食品中含有量の制限等の規制が導入されていますが、実際にはトランス脂肪酸の摂取による疾患発症機序はほとんど分かっていませんでした。そこで私たちは、科学的根拠に基づくトランス脂肪酸のリスク評価の確立を目的として、分子レベルでのトランス脂肪酸による疾患発症機序の解明に取り組んでいます。これまでの研究から、トランス脂肪酸がASK1を始めとする種々のアポトーシス制御因子を介して細胞死を促進し、疾患発症の原因となっている可能性を突き止めてきました。さらに、ウシなどの反芻動物において産生される「天然型」トランス脂肪酸は毒性を有しておらず、工業的に産生された人工型トランス脂肪酸のみが毒性を有することも見出しており、天然型と人工型を区別することによって、実態に即した正確なリスク評価が可能になると考えています。現在、炎症などの細胞死 (アポトーシス) 以外のストレス応答への影響や、天然型トランス脂肪酸によるがん細胞殺傷作用などの効能にも着目した解析を進めており、将来的な関連疾患の予防・治療法の開発や、創薬・医療応用を見据えて、研究を展開しています。
3.制御された細胞死 (RCD) の機構解明による疾患治療法開発
細胞はDNA損傷や酸化ストレスを始めとする過度なストレスに晒された際、自ら制御された細胞死 (RCD : Regulated Cell Death) を引き起こします。RCDは組織や器官の形成過程で不要になった細胞の除去や、がんの原因となるような不安定な状態の細胞を除去するために必須な機構であり、生体全体の恒常性の維持に役立っています。そのため、RCD細胞死制御機構が何らかの要因で破綻すると、本来生存するべき細胞が死んでしまい、パーキンソン病やALSをはじめとする神経変性疾患や、肝疾患や自己免疫疾患などの炎症性疾患の原因となります。反対に、RCDが抑制されてしまっても、がんの原因となる悪性細胞が除去できず、がんの発症や悪性化・予後不良の原因となります。私たちは、典型的なRCDであるアポトーシスを始めとした、様々な種類の細胞死の詳細な機構を解明することで、これら疾患への新たな治療アプローチの提案を目指しています。
制御された細胞死 (RCD) の種類には、1972に初めて提唱されたアポトーシス (apoptosis)を始めとして、ネクロトーシス (necroptosis)、ピロトーシス (pyroptosis)、パータナトス (parthanatos)、フェロトーシス (ferroptosis)など様々な種類が見つかっており、それぞれが多彩な生理的役割を担い、その制御不全は種々の疾患と関連することも知られています。特に、2000年以降に発見された非アポトーシス様の細胞死 (Non-apoptotic cell death) は、その制御機構の全容が現在も不明であり、詳細な機構解明が新たな治療アプローチの開発に繋がります。以下に、それぞれのRCDの特徴と、それに対して私たちが行なっている研究を紹介します。
・ピロトーシス (pyroptosis)
ピロトーシス (pyroptosis) とは、細菌・ウイルス感染時やストレス時に免疫細胞が引き起こす細胞死です。免疫細胞には、外部からの侵入やストレスを感知し自然免疫応答を活性化するパターン認識受容体が備わっています。中でも、NLRP3という受容体は感染時に「インフラマソーム」と呼ばれる巨大なタンパク質複合体を形成し、強力に炎症を惹起することが知られています。インフラマソームは細胞外へ免疫シグナルを伝えるための物質 (IL-1β) を成熟化させるとともに、細胞膜上にそれら炎症物質が通れるための孔 (ポア) を形成し、細胞が破裂することで細胞死 (ピロトーシス) に至ることで、細胞内の炎症物質が周囲の細胞へとシグナルを伝達します。このように、ピロトーシスは細菌・ウイルス感染時の炎症惹起には必要不可欠である一方、非感染時にも細胞内外の様々なストレスによって活性化してしまうことが知られています。我々はこれまで、抗がん剤や抗生物質の炎症性副作用が、NLRP3依存的に引き起こされていることを報告しており、NLRP3の抑制が薬剤副作用の低減につながることを明らかにしてきました。そこで現在は、安全性が担保されている既存の薬剤などから、NLRP3を効果的に抑制できる化合物をスクリーニングし、それら物質の薬効や詳細な作用機序の解明に取り組んでいます。
・パータナトス (parthanatos)
パータナトス (Parthanatos) とは、本来DNA修復因子であるPARP-1が過剰活性化した際に誘導される細胞死です。PARP-1の過剰活性化は加齢や過度なストレスによるDNA損傷の蓄積により引き起こされることが示唆されており、DNA損傷が蓄積した不要な細胞を除去するための機構であると考えられています。一方で、神経細胞などの増殖できない細胞でパータナトスが起こってしまうと、認知機能や運動機能の障害を起こしてしまい、アルツハイマー病やパーキンソン病、ALSを代表とする神経変性疾患の原因となることが示唆されています。興味深いことに、これら神経変性疾患の病理所見である変性タンパク質の凝集体はPARP-1の過剰活性化を引き起こすことも知られており、凝集体とパータナトスの関係を詳らかにすることは、治療法の少ない神経変性疾患への新たな足がかりになると考えられています。我々はこれまでに、p62という分子が変性タンパク質の核として機能しており、パータナトス誘導において重要な分子であることを見出してきました。さらに、p62による凝集体がどのように制御されているかも解明し、凝集を解消するための様々なアプローチを見出してきました。今後も、p62による凝集体とPARP-1の詳細な関係性を明らかにすることで、より革新的な神経変性疾患治療法の確立を目指していきます。
・フェロトーシス (ferroptosis)
フェロトーシス(Ferroptosis)とは、鉄依存的な触媒反応により脂質が過酸化されることで引き起こされる細胞死であり、還元物質であるグルタチオンの枯渇や過剰な酸化ストレスによって誘導されます。この細胞死は、神経変性疾患や循環器系疾患、肝疾患など、様々な疾患への関与が明らかとなっており、そのメカニズムの解明と制御法の確立は、これらの病態に対する新規治療戦略の構築につながると期待されています。一方で、がん細胞は正常細胞と比べて鉄含有量が多いために、フェロトーシスに対して脆弱であることがわかっています。この特性は、新規のがん治療法開発における重要なターゲットとして注目されています。しかし、脂質過酸化の詳細な制御機構や、過酸化脂質がどのように細胞死を誘導するのかについてはまだ不明な点が多く残されています。我々はこれまで、特定の脂肪酸がフェロトーシスを誘導する作用を有していることや、蓄積した過酸化脂質が細胞死を誘導するまでのメカニズムを解明してきており、フェロトーシスを作用標的とした疾患治療のための基盤研究を固めてきました。今後も、様々な疾患におけるフェロトーシスの寄与を明らかにするとともに、詳細な制御機構の解明を行うことで、新規治療法の確立を目指していきます。
衛生化学は、様々なストレスから人の健康を守るための研究領域であり、重点的な研究テーマは時代のニーズに合わせて変化します。環境ストレスや新興感染症、あるいは、食品に添加される化学物質や薬物ストレスなどのように、人が現代生活において新たに晒されるようになったストレスによって引き起こされる疾患の原因の究明は時代のニーズです。我々は、これらの問題についても、上記のような研究を基盤として明らかにしていきたいと考えています。
メンバー
Member
スタッフ (Staff)
教授
松沢 厚
(Atsushi Matsuzawa)
准教授
平田 祐介
(Yusuke Hirata)
事務補佐員
松沢 尚子
(Naoko Matsuzawa)
技術補佐員
渡邊 智恵
(Chie Watanabe)
学生 (Students)
研究室生活
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Publications
論文 (Papers)
総説 (Reviews)
日本語総説 (Japanese Reviews)
書籍 (Books)
受賞 (Awards)
コンタクト (Contact)
松沢 厚 (教授) 東北大学大学院・薬学研究科 衛生化学分野 Email : atsushi.matsuzawa.c6@tohoku.ac.jp 平田 祐介 (准教授) 東北大学大学院・薬学研究科 衛生化学分野 Email : yusuke.hirata.d8@tohoku.ac.jp
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