金属フリーのアセチリドアニオンの構造化学研究

PhCCH & tBuP4 base

   有機化学反応においては、反応性に富んだ活性種 (反応中間体:反応のドライビングフォース) を用いて、種々の変換反応を行う。従って、有機化学反応を効率よく行わせるためには、その反応中間体の性質を知ることが必要である。種々の反応中間体の中でも、炭素アニオン種は頻繁に用いられるにも関わらず、その解析が他の反応中間体と比べて遅れている。そこで非金属性の超強塩基であるフォスファゼン塩基が種々の反応基質を脱プロトン化する性質を利用して、炭素アニオン種 (反応中間体) の発生を試みた (上図参照)。フォスファゼン塩基によって発生したアニオン種は対カチオンであるフォスファゼニウムカチオンとの間に共有結合性がないと考えられる。このようなアニオン種は有機金属試薬 (炭素アニオン等価体或いは炭素アニオン源) と比較して、より真の反応中間体 (この場合、カルバニオン) に近い状態と考えられ、アニオン種の解析に適していると考えられる。

   また金属フリーのカルバニオンのうち、観測されたことがあるものは、エノラート、スルフォニレート、フルオレニルアニオン、フッ化炭素化合物に限られる。これらはいずれもsp3中心の炭素から脱プロトンすることによって得られるアニオン種或いはその等価体である。そこで、Ph-C≡C-Hのエチニルプロトンを引き抜いて得られた、sp炭素上に (形式) 電荷を有するアニオン種のNMR分光法による構造解析を試みた(関連論文)。その結果、アセチリドアニオンの生成に伴いアニオン中心のアセチレン末端炭素核の化学シフト値が約90 ppmも低磁場シフトすることが判った(下図参照)。この低磁場シフトを起こした化学シフト値が妥当であるかどうかを評価するためにDFT計算 (B3LYP/6-311++G(2d,p)) を行った。DFT計算の結果、アニオン中心のアセチレン末端炭素核の化学シフト値の理論値は179.6 ppmと計算され、アニオン化に伴ってアセチレン末端炭素核の化学シフト値は低磁場シフトすることが理論的にも裏付けられた。

NMR spectra of phenylacetylide

関連文献

  1. Yoshiyuki Tanaka*, Makoto Arakawa, Yohei Yamaguchi, Chieko Hori, Masahiro Ueno, Takeyuki Tanaka, Tatsushi Imahori and Yoshinori Kondo NMR spectroscopic observation of a metal-free acetylide anion, Chemistry - An Asian Journal, 1, 581-585. (2006).
  2. 根東義則, 田中好幸, 有機塩基のチャンピオン−最も強いブレンステッド塩基性を示す有機化合物−, 化学, (2006) 10月号, 61 (10), 66-67 化学同人, 京都(紹介記事)
  3. 根東義則, 上野正弘, 田中好幸, 有機超強塩基を用いる有機合成反応, 有機合成化学協会誌, 63, 453-463 (2005).
  4. [英語タイトル] Yoshinori Kondo, Masahiro Ueno and Yoshiyuki Tanaka, Organic synthesis using organic superbase, Journal of Synthetic Organic Chemistry Japan, 63, (5) 453-463 (2005).


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