Reserach / 研究の概要

研究の背景

生物の持つ複雑で巧妙な形態・機能の獲得には、RNA段階での遺伝子発現制御プログラムが必須な役割を果たす。すなわち、個体発生の過程において、様々な非対称性制御プログラムにより、単一の受精卵から非対称な細胞群が生成され、多様性獲得プログラムにより、分化過程で形成される細胞が担う多様な機能の獲得に必要な遺伝子産物自体の多様性が獲得される。

ポリ(A)鎖の新しい役割の発見

 我々は、遺伝子発現の正確性を保証する品質管理機構の全体像を明らかにする目的で、異常mRNAにおける翻訳抑制と異常タンパク質分解機構について解析を行った。代表的な異常mRNAであるノンストップ(終止コドンを持たない)mRNAにおける翻訳抑制と異常タンパク質分解機構について解析を行った。
その結果、通常翻訳されないポリ(A)鎖が翻訳され、
1)合成中のポリリジンとリボソームとの相互作用による翻訳アレスト(一時停止)と、
2)プロテアソームによる異常タンパク質の速やかな分解、を見いだした。
(Inada et al., EMBO J. 2005; Ito-Harashima et al., Genes& Dev., 2007)

 この結果は、ポリ(A)鎖の翻訳自体が、多段階での発現抑制機構を作動させ、品質管理機構において必須な役割を果たすことを初めて明確に示し、真核生物のmRNAの普遍的な修飾であるポリ(A)鎖が、翻訳開始とmRNA安定性制御に加えて、品質管理機構にも重要な役割を果たすことを世界に先駆けて明らかにした。

 翻訳アレストを引き起こすアミノ酸配列の特異性について解析を行った結果、ポリ(A)鎖由来の連続したリジン残基のみでなく、連続したアルギニン残基によっても翻訳アレストが引き起こされることを見いだした。塩基性新生ポリペプチド鎖の持つ正の電荷とリボソームトンネルを形成するリボソーマルRNAの負の電荷の間の静電的相互作用による翻訳抑制機構が示唆された。(Kuroha/Dimitrova et al., J. Biol. Chem., 2009)

 この結果は、限定された例のみが報告されている合成途中の新生ポリペプチド鎖とリボソームトンネル(合成途中の新生ポリペプチド鎖が通るリボソーム中のトンネル)との相互作用による翻訳制御が普遍的であることを強く示唆する。

 さらに、連続した塩基性アミノ酸配列に依存する翻訳アレストは、1)合成途中のポリペプチド鎖のプロテアソームによる迅速な分解と、2)mRNAの分子内切断を引き起こした。また分子内切断が未知のエンドヌクレアーゼに依存することも明らかにしている。  

異常mRNA由来のタンパク質の分解促進機構の発見

 ナンセンス変異を持つmRNA由来の異常タンパク質については、特異的な分解系(NMD)のみが解析され、翻訳効率や異常タンパク質の安定性についてはこれまで解析がされてこなかった。我々は、ナンセンスmRNA特異的分解機構 (NMD)に必須なUpf複合体がプロテアソームによる異常タンパク質の分解を促進することをみいだした。(Kuroha et al., EMBO report, 2009)

Upf複合体は、ナンセンス変異を持ったmRNAが「正常より長い3’UTR(3’非翻訳領域)を持つこと」を異常と認識すると考えられる。今回の結果は、異常タンパク質の分解も「正常より長い3’UTRを持つこと」に依存していた。これらの結果により、異常タンパク質の分解促進というUpf複合体の全く新しい役割が初めて明らかとなった。

ポリ(A)鎖の新しい役割

 ポリ(A)鎖は真核生物のmRNAの普遍的な修飾であり、ポリ(A)結合因子(PABP)を介して、1)翻訳開始の促進と、2)mRNA 安定化に極めて重要な役割を果たすことは広く知られている。この研究により、正常なmRNAでは決して翻訳されることがないポリ(A)鎖が、終止コドンを持たない異常mRNAのみで翻訳されることで、翻訳伸張阻害とタンパク質の分解が起こり、ポリ(A)鎖の翻訳自体が発現抑制を引き起こす品質管理機構として働くことが明確に示された。ポリ(A)鎖の新しい機能を明らかにした点で、独創性の高い研究であると考えられる。

品質管理機構の新しい機構

 遺伝子発現の正確性を保証するmRNA品質管理機構の解析は、世界的にもmRNA分解のみが解析されてきた。異常タンパク質の認識と分解機構の解明を目的とした本研究は、mRNA品質管理機構に全く新しい視点をもたらした。さらに翻訳中の遺伝子産物の異常を認識し、積極的に分解する機構の分子実体が明らかになったことは、品質管理機構にとどまらず、遺伝子発現制御機構全体の理解にも新たな視点を与えたものと考える。また、mRNA の構造(3’非翻訳領域の長さ)に依存したタンパク質の安定性制御は、正常な遺伝子発現においても普遍的な役割を果たす可能性があり、今後解析により明らかにしたい。

新生ポリペプチド鎖による翻訳伸長制御の普遍性

 我々の研究により、アミノ酸配列自身に内包された情報がリボソームによって解読され、翻訳伸長効率とともに新生ポリペプチド鎖の安定性をも制御する可能性が示された。ほとんど例がなかった新生ポリペプチド鎖による翻訳伸長制御が、真核生物に普遍的に存在する可能性を強く示唆する点で、遺伝子発現制御研究に大きな影響を与えるものと考える。今後は具体的な分子機構とその生理的意義を明らかにすることが非常に重要である。

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