インフルエンザウイルス


1.宿主細胞への感染


インフルエンザウイルスは、糖タンパク質のシアル酸と結合することにより宿主細胞膜表面に吸着し、エンドサイトーシスによりエンドソームに取り込まれます(図1)。 その後、エンドソーム内のpHは、徐々に弱酸性まで低下します。
A型インフルエンザウイルスの表面にはM2タンパク質と呼ばれる 97 アミノ酸残基から成る膜タンパク質が存在します。 このタンパク質は、4量体となり、H+を通過させるプロトンチャネルを形成します。 ウイルス粒子の外側のpHが低下すると、プロトンチャネルのゲートが開き、H+が粒子内に取り込まれます。 これを契機として、ウイルス粒子の脱殻が生じ、ウイルスの遺伝子であるRNAが細胞内に放出されます。
このようにして、インフルエンザウイルスは、エンドソーム内pHの酸性化を利用することで、自己の遺伝子を宿主細胞内に送り込みます。

図1.A型インフルエンザウイルスの宿主細胞への感染


2. M2プロトンチャネルの活性制御機構


当研究室では、ラマン分光法などを用いてM2タンパク質のアミノ酸残基の構造を詳細に解析し、ヒスチジン残基とトリプトファン残基の間の弱い相互作用がM2プロトンチャネル開閉のpHによる制御の要になっていることを明らかにしました(図2)。 M2の膜貫通領域にあるHis37の側鎖イミダゾール環は、チャネルの内側を向いています。 側鎖が中性のイミダゾールの場合は、4個のサブユニットから出ている計4個のHis37がチャネルに蓋をして、ゲートは閉じた状態になっています(図2左)。 しかし、側鎖が正電荷を持つイミダゾリウムになると、His37はカチオン-π相互作用により、隣接するサブユニットのTrp41のインドール環に引きつけられて、チャネルのゲートが開きます(図2右)。

図2.M2プロトンチャネルのpHによる開閉制御


現在、インフルエンザの治療薬として用いられているアマンタジンは、M2タンパク質に結合して、チャネルに蓋をすることで、ウイルスの感染を抑制すると考えられています。 当研究室で解明された、プロトンチャネル開閉のメカニズムを基礎として、酸性条件でもゲートを閉じたままにする方法が開発されれば、より強力なインフルエンザ治療薬を創ることが可能となるかもしれません。


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生物構造化学分野 2011