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南京大学

2014年9月1日-11月30日  DC1 佐藤 学

 私は9月1日から11月30日までの3ヶ月間、南京大学のZhu-Jun Yao先生の研究室に留学しました。航空券や滞在費は東北大学キャンパスアジアプログラムおよび南京大学から頂きました。
 Yao先生の研究室は、天然物の全合成と反応開発の二つを行っており、扱っている化合物や反応は多岐にわたっています。私は日本の研究室でアルカロイドの不斉全合成に取り組んでおり、南京大学でも天然物の全合成に携わらせて頂きました。実験環境は整っており実験器具や装置は豊富にありました。この研究環境が実現できるのは、教授が幅広い人間関係を築き、研究資金を調達しているためだと思いました。ただ高価な測定機器は南京大学がまとめて所持していました。例えば、1H–NMRは南京大学の化学系の研究室で共通で使用されており、通常は300MHzおよび400MHzを用い、より高感度の測定を行う場合のみ600MHzを利用していました。また、HPLCや中圧カラムクロマトグラフィーはYao先生の研究室にありましたが、ESI-MSなどの質量分析装置は依頼測定のみの利用でした。
 研究メンバーは20人ほどで、南京大学から大学院に進学した人、博士号を取得するために他の大学から移ってきた人、企業から博士号を取得しに来た人など様々な経歴の人がいました。私の留学先研究室の特色として、博士課程への内部進学者は少なく、博士号を取得する学生のほとんどが外部機関出身者でした。彼らは常にアクティブに研究しており、朝8時から夜遅くまで活動していました。研究室では二週間に一回、実験結果を報告するグループミーティングが行われています。私もそのミーティングに参加していました。私以外は全て中国人のため、私が滞在する三ヶ月間だけ、使用する言語は英語にしぼられました。南京大学の他の研究室は、これほど頻繁にミーティングを行っていません。しかし、Yao先生は忙しい合間を縫って学生の指導に当たっていました。研究生活での日本との違いはいくつかあり、まず一つ目は昼寝の有無です。彼らは昼食を食べた後、寮か研究室で30分から1時間ほど昼寝をします。他の研究室では2時間昼寝する人もいるらしく、そのような文化を知らない日本人の私にとっては非常にうらやましく思いました。二つ目は、実験方法です。東北大学の私の所属する研究室では、分取TLCは化学メーカーから購入しています。しかし、中国の研究室では、使用後のTLC表面のシリカゲルを全て削った後、シリカゲルを自分たちで塗り再利用していました。ただ、この方法で使用するとTLCの厚さがまばらになるため、精製の再現性に問題が生じると感じました。
 留学期間での出会いは研究室だけにとどまりませんでした。私は南京大学の外国人寮に住んでおり、二人部屋でした。9月1日の朝に初めて部屋に足を踏み入れましたが、すでにベッドに人がいてビックリしました。彼の名はサダルディーン。タジキスタン人の18歳で母国語であるタジク語、加えてロシア語、英語を話すことができます。彼はサッカーと卓球が得意で、寮の地下一階にある卓球場で一緒に卓球をしました。隣の部屋にはコムローンというタジキスタン人が住んでおり、ほぼ毎日私の部屋に居座りまるで三人部屋のようでした。サダルディーンは英語を話すことができますが、コムローンは全くです。そのためタジク語で一生懸命話しかけてきました。言葉はあまり分かりませんでしたが仲良くなることができ、帰り際には寂しいと思うようになりました。
 中国では外国人とのみ過ごしていたわけではなく、同じ寮には日本人も滞在していたため、日本人どうしの交流もありました。私は研究を目的に南京に来ていましたが、他の日本人留学生のほとんどは中国語を勉強しに来ており、短い人で1ヶ月間、長い人で2年間でした。私が南京に来たちょうどその月から日本人会がつくられ、大学生や大学院生、外務省の人、中国在住の日本語の先生、南京大学の本科生などが所属していました。もちろん私も入会しました。日本人会のメンバーとの交流は、ふだん研究室内では聞く事のない話や語学を学んでいる人の考え方などを聞く事ができ、非常に刺激を受けました。また語学を学んでいる人はとても活発的でハートが強く、話のバラエティも豊富で、私も見習わなければならないと感じました。
 中国には国慶節という祝日があり、10月1から7日までの7日間は、研究室が休みになりました。ちょうど留学期間にこの休日があったことは、研究室以外の世界も見てみたいと思っていた私にとって非常にラッキーでした。留学前に知り合いからチベット自治区はすごく奇麗なところだと聞いていたので、目的地はチベットに決定しました。ただ私は中国語が全く分からないので中国の旅行会社の窓口で、航空券や列車のチケットを手配することは困難でした。そこで、チベットディスカバリーというツアー会社を利用することにしました。その会社では、英語のEメールを使ってガイドの人に希望の日程を伝える事で、それに合った航空券やホテルを予約してくれます。そのため中国語が分からない私でも旅行の準備をすることができました。1日目は重慶に飛行機で飛び、ホテルで一泊しました。重慶は中国の中でも火鍋や麻婆豆腐などの辛い料理が有名です。次の日に重慶からチベット自治区のラサに移動しました。飛行機から下りて見たラサの空は、まさにブルースカイでした。日本の青空と比較すると少し黒みがかっており、濃い青という感じがしました。この空を見た瞬間、この旅を思い切ってしてみて良かったと感じました。ラサには4日間滞在し、チベット仏教の寺院や宮殿を見学しました。見学した中で特に印象に残ったのは、ポタラ宮でした。ポタラ宮はダライ・ラマが以前住んでいた宮殿として知られており、赤と白のコントラストが美しい巨大な宮殿です。中に入るためにはたくさんの階段を登らなければなりません。チベット自治区は標高約3500メートルに位置しており、酸素が通常の60%〜70%しかありません。そのため少し歩くだけで酸欠状態になり、宮殿の頂上まで登るのはかなりハードでした。またツアー参加者は全員で16人おり、スイス人、イギリス人、ドイツ人、インド人、インドネシア人、中国人が参加していました。彼らは全員英語を話すことができ、これだけ多くの国の人とラサという地で出会えたことは生涯忘れられない経験となりました。
 今回の南京大学への留学では、Yao先生の研究室で実験することで、中国の研究を直接体験することができました。また、南京大学や寮の人々、旅先で出会った人々との出会いもありました。これらの経験は私にとって大きな刺激となりました。最後に、この留学の機会を与えて下さったキャンパスアジアプログラム関係者皆様に深く感謝いたします。

 

►Zhu-Jun Yao先生の研究室メンバー
派遣先研究室のYao先生は気さくな方で、研究のこと以外にも中国に関する多くのことを教えて下さいました。

►ラサのポタラ宮殿
チベット自治区のラサに単身で旅行したときの写真で、中国だけでなく様々な国の人々と交流することができました。

►学生寮のルームメイト
彼らはタジキスタンから中国語を勉強しに来ており、右の人はルームメイト、左の人は隣部屋の住人です。毎日英語でなんとかコミュニケーションをとっていました。

►南京大学の正門
キャンパス内は広く、端から端まで歩くと30分はかかります。

      

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Last Updated July 24, 2014