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所感    竹本 常松

 以下は 1974年、あみこす17号に掲載された、当時学部長であった 故 竹本常松先生の玉稿です。当時の新薬開発への考え方が述べられております。

(あみこす 17号から)
 先般、ストックホルムで開かれたFIP(国際薬剤師連合)総会で、これからの人類の3大研究課題として(1)宇宙開発、(2)原子力開発、(3)新薬開発がとりあげられたという。

 新薬開発がことさらに此処で取り上げられた所以は、有効・安全かつ良質・安価な医薬品が将来とも人類社会から強く要望されることを示したもので、我ら薬学徒はこの期待に応える責務をあらためて痛感しなければならないと思う。

 近年、ライフサイエンスという言葉がよく耳目につくようになった。ライフサイエンスとは、生物界をつぶさに観察し、化学、生化学、物理学など各分野における現代最高水準の科学技術を動員して、生命のしくみと働きを明らかにし、その成果を人類の保健と医療の向上、環境の改善、食糧の増産等に役立てようとする総合的な学問体系であるといえよう。

 海外では、すでに膨大な資金を投入して、ライフサイエンスの推進に励んでいる国もある。我が国でも大規模なセンターを建設し、当面の研究課題として5項目を定めたと伝えられている。その中で、生体系活性物質の探索と利用という項目が特に私の心をひきつけた。

 生物界では、たとえば微生物、植物、昆虫、魚その他すべての間で相互に数多くの神秘的ともいえる現象が見られるが、その蔭では必ず各種の化学物質が玄妙に関与しているのである(cf. Sondeimer and Simeone; Chemical Fcology, Acedemic Press, 1970)。これらを生体系活性物質と総称している。

 さて、これらの探索の場としては、科学技術の進歩、海洋学の拡大等にともない、これまで未開発のまま放任されてきたウェットスペース(濡れた空間)と言われる広い海洋がみなおされ、ここから新規な医薬資源を求めようとするマリン・ファーマコグノシー(海産生薬学)とも呼ぶべき学問の芽生えがうかがえる。

 われら薬学徒は、常に生物界の諸現象を観察して薬学研究の課題に取り込むことは望ましいが、別に生態、生理学者らと協力して総合的な研究を推進して新規な活性物質を見出し、直接利用ある方途を拓き、あるいはそれを原型として修飾、改造の手を加え、もっとより完全な医薬や農薬等の創製につながるようにしてゆきたいものである。

(1974.1.15)