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弘前大学大学院医学研究科 薬剤学講座 教授・薬剤部長 早狩 誠

科学者としての薬剤師を求めて

 私は昭和53年大学院博士課程前期課程を修了し、数々の職場を経験し、数年前より薬剤部長として弘前大学医学部附属病院薬剤部に勤務しております。薬剤部長は病院における医薬品に係るあらゆる業務に関係することから、薬剤師業務の責任の重さを痛感しております。このような業務をこなしている多くの薬剤部長、そして薬剤師の方々には深く敬意を表する次第です。薬剤部長に立候補の際に、家内より一言「死ぬよ!」と、さらに「60歳で退職し以後は家庭人として生きると言った約束はどうなるの?」と言われました。それまでの人生は常に自分中心の人生であり、それに黙々と付いて来てくれた家内や家族にはただただ感謝する次第であります。現在59歳であり職務を全うするまで6年以上の年月が残されており、家族には申し訳ない思いでいっぱいであります。
 学生時代は、薬学部に入学したものの授業にはあまり出席もせず、日夜野球に、卓球に、そして麻雀にと忙しい?毎日を送っていたように思います。その結果連日の追試が待ち受けておりました。今では考えられないような?学生生活かと思います。入学後当時薬学部にあった卓球同好会に入会し、和泉博之先輩(当時大学院生、現在:北海道医療大学教授)から、「血圧はどのようにして調節されているか?」といった生物学の「妙」=生体内の調節機構を手解きされ、高校時代は生物の授業が苦手であった自分がどんどん生物化学の虜になっていきました。
 教養部時代は生物学の様々な書籍を買いあさり、むさぼるように読んだものでした。3年時に進級後は、授業が終わると和泉先輩の実験室に出向き、実験のお手伝いもさせていただきました。実験室に行くと流し台には沢山の試験管が積まれており、実験の手伝いをさせてほしいとお願いした私に、和泉先輩は「早狩、実験はまず器具洗いから始まるんだよ。」と言われ、私は素直に試験管を洗っていたものです。今考えると正しいようでもあり、本当かなと思うところでもあります。しかしながら、私もかつて学生等にそのように指導してきたところから、やはり正しかったのでしょう。
 その後、当時トレンドであったサイクリックAMPの生合成および代謝に関わる両酵素活性の測定や、ラットの臓器の摘出などの手伝いもさせて頂きました。このような経験から何となく「研究」の道に進むことが当然のような感覚が芽生えたような気がします。そして自分は和泉先輩のもとで卒業研究をしようと考え、当時和泉先輩が所属していた薬品作用学講座を希望しました。しかしその講座の研究手法は、SHR等を用いて薬物による高血圧治療薬の機序や有効性等をまさにダイナミックな手法で解析するもので、私の希望とはかなりの隔たりがありました。
 薬学部4年生に進級し講座配属となり教授から卒業研究のテーマを頂くことになりました。配属になった講座の小澤光教授は、当時既に薬学関係の分野では御高名な先生で、我々学生にとっては近寄りがたい存在でした。普段言葉を交わすことはあまりなかったように記憶しております。我々4年生はどのようなテーマが頂けるのだろうと期待と不安とが入り交じった状態で、教授からの提示を待っていました。いざテーマが示され、その内容を拝見し私以外の学生は各自テーマを選んでいきました。提示された卒業研究のテーマは、無麻酔科における降圧効果など降圧薬に関するテーマが殆どであったと記憶しておりますが、私は「これらではなく、和泉先輩のもとで生化学的な仕事をしたい。」と生意気なことを言ってしまいました。結果はご想像の通り教授の逆鱗に触れテーマはなし。「君はその先輩のところへ行きなさい。面倒は見ません!」とのお言葉でした。
 思うに、不出来の学生しかも素人にこのような発言をされた教授の心中はいかばかりかと、同じような立場になった今、赤面の思いであります。当時は私の前任者や他大学の薬剤部長に就任された方々が研究スタッフとして在籍され、教授を含め何と生意気な学生だと呆れたのではと深く反省している次第です。当時の失言をお詫びしたいと思いましたが、数年前に他界されてしまい叶わぬところです。深くご冥福をお祈りするとともに心からお詫び申し上げる次第です。現在小澤教授が創設した医薬品相互作用研究会の会長を仰せつかっております。これも巡り合わせなのかなと感じつつ、非礼のないようにと心に誓っている次第です。その後和泉先輩のご指導のお陰で、研究者の道を細々と歩ませて頂きました。その時ご教授いただいた「研究者と実験者は違う。研究者は“人の心”を持たなければいけない。」という言葉を大切にしながら。
 大学院修了後、青森県警察本部刑事部鑑識課犯罪科学研究室(現:科学捜査研究所)を振り出しに、八戸赤十字病院、弘前大学法医学講座、生化学講座等を経て最終的な勤め先として薬剤部に移って参りました。薬剤部で痛感したことは、病院薬剤師に求められている役割が大きく変わっていたということです。30年程前に病院薬剤師として1年間程勤務しましたが、当時の薬剤師業務では「くすり」を「もの」として扱い、処方箋に従って正確に薬剤を患者に提供する事でした。近年病院薬剤師の役割は、チーム医療の一員として、医療の安全を第一に、「くすりの情報」を駆使し質の高い薬物療法に貢献することが求められています。即ち、「くすり」のあるところには必ず「くすりの専門家」の薬剤師が関わり、高度化してきた薬物療法の安全および質の向上の担保を図る上で薬剤師の職能を生かすことが強く求められるということを意味しています。本年4月30日付け厚生労働省医政局長通達「医師の業務軽減を図るためのチーム医療の推進の強化」において、薬剤師の「在るべき姿」が示されております。
 こうした医療現場の変化に伴い、病院薬剤師業務の重要性はまさに患者に対する安全、かつ適切な薬物療法への貢献ですが、その大半は病棟における服薬指導に尽きると思います。患者に接し、薬剤の効果、副作用の出現等についてのPharmaceutical Careの実践であり、このことは既に多くの病院薬剤師によって日常の業務として進められています。その中でふと疑問に思うことはないのでしょうか。
 先日ある先生から日常業務で薬剤師が見出した疑問を出発点とした研究成果の紹介をいただきました。病棟薬剤師が、精神科の患者さんが服用する薬剤のアドヒアランスが悪いのは何故かという疑問を抱いたようです。患者さんは「太るので呑みたくない」と言っていたとのことです。その先生は薬剤師に「その疑問を調べてごらん。」と伝えたそうです。薬剤師は、どのような薬剤に体重増加傾向が出現しているか、またどのような患者群にそのような事象が生じているかを詳細に調査し、同効薬の中でもある薬剤に、そして女性に体重増加傾向があることを明らかにし、レポートとして報告したとのことです。その結果、精神科の教授は深く感動し、院長に薬剤師の増員を要望してくれたとのことです。薬剤師の人員配置基準は過去の薬剤師業務が基準になっており、業務拡大が進んでいる現状には対応してはおらず、また病院経営上人件費の削減が強く押し進められていることから、薬剤師の人員増が見込めない現状において、前述のようなお話は各施設の薬剤部長に取って朗報となるでしょう。私も見習わなければいけないと思っている次第です。
 人員増もさることながらそれ以上に強く感銘を受けたのは、精神科の患者さんのアドヒアランスの低さに気付いた薬剤師の方です。病棟薬剤師は常日頃から病棟に出向き、薬剤の服薬状況、副作用発現等をチェックし、問題のある時には医師に疑義紹介や処方変更の提案などを行っております。日々の業務で「どうして?」「何故?」という疑問を経験すると思いますが、多忙な業務のなかで疑問点を解決するまでには至らない場合が多いはずです。しかしながら、自分で思った疑問点を忙しいにも関わらず、地道に解決していった姿勢には本当に頭が下がる思いがします。
 研究と言えば、高価な機器やキットを使用して“キレイな”データを示すことだと思いがちですが、実は臨床現場には多くの研究テーマが埋もれていることを忘れてはならないのです。今まで長い間基礎研究の場に身を置いて参りましたが、そこでは研究のための研究で臨床と直結しないような研究が少なくありませんでした。こうして臨床の場を目にして、臨床に直結した研究テーマが沢山ある、臨床の場は研究テーマの宝庫であることにあらためて驚きを感じております。臨床現場から配信される数多くの研究論文の中には、最終的に適応拡大などを含めた創薬に貢献する可能性があると思うのは私だけではないしょう。
 本年度より薬学6年制のカリキュラムの中で、各11週間にも及ぶ実務実習が開始されます。研究者としての「科学する心」を持った多くの「次世代型薬剤師」の養成を目指し、臨床現場からの研究成果の重要性も含めた実務実習を行いたいと思っております。卒業した学生の多くが臨床の場において研究者=科学者として活躍してくれることを切に願いっております。