東北大学 大学院薬学研究科 薬理学分野

研究内容

脳機能を司る神経細胞を理解する

記憶や情動などの脳機能は、複雑かつ緻密な神経回路の情報伝達によって成り立っています。 このような神経回路が正常に働かなくなると、うつ病などの疾患につながりますが、 多くの治療薬の正確な標的は未だに明らかではありません。このような問題意識から、 私たちは、神経回路の理解に基づき、疾患の根本原因や創薬標的を見出すことを目指しています。
図1 特に、脳を構成する神経細胞には、興奮性錐体細胞や抑制性介在細胞など、多様な種類が存在します。 それぞれの神経細胞種は、活動の生じやすさ、活動の速さや持続時間、伝達物質の使い方などが少しずつ異なり、 それらが協調して働くことで、正しい情報処理機能が発揮されます。 私たちは、このような神経細胞の個性を無視することなく、脳機能との関連を詳細に調べています。


学習・記憶・情動の基礎メカニズム(佐々木)

図2

マウスやラットをモデル動物として、学習・記憶・情動を調べられるような様々な行動課題を設計し、 海馬をはじめとする大脳皮質領域に多数の電極を埋め込んで、神経信号の解読に挑戦しています。 近年の研究では、将来の行動設計や優先的な記憶の再生など、 複雑な脳機能にかかわる神経回路の活動も明らかになってきました。 また、こうした脳機能が精神疾患などの病態時にどのように変化するか研究しています。 (脳活動計測法についてはこちら


末梢臓器からの内受容感覚が脳に及ぼす影響(佐々木)

図3

脳は、迷走神経をはじめとする末梢神経と密接に連絡し、絶えず内臓臓器の生理状態をモニターしています。 近年では、迷走神経の活性化や腸内細菌の環境改善が、精神疾患に有効であることなど、末梢からの内受容感覚が、 脳活動に重要な影響を及ぼすことが報告されています。しかし、その詳細な生理機構はほとんどわかっていません。 生理学、神経科学、計算科学などの様々な手法を活用して、末梢臓器から内受容感覚情報が、 どのように脳神経回路によって伝達、統合されて、情動や意思決定の創発に至るのか理解を目指しています。


脳波や様々な生理シグナルからこころの状態を読み取る (佐々木・田村)

図4

近年、不安やストレスによるうつ症状や、いじめや虐待のような人間関係における問題など、こころに起因する社会問題への注目が高まっています。 こころの状態を読み取ることで社会の様々な場面での人々のコミュニケーションを支援するような技術・装置があれば人間関係をより円滑にし、 こころへの負担を軽減できるかもしれません。このような技術を達成するためには、日常的に使えるセンシング技術によるこころの状態の定量化を実現する必要があります。 機械学習や様々な時系列信号解析手法を駆使し、脳波と、心拍や呼吸のような自律神経信号からこころの状態を示す情報を取り出す技術の創出を目指します。


アルツハイマーの引き金は何か?(有村)

図7

近年の急激な高齢化の進展により、認知症やアルツハイマー病の治療薬の重要性が高まっています。新薬開発が世界中で活発化していますが、これらの新薬は、病態の「改善」よりも「進行の抑制」を意図したものが主流となっています。なぜならば、何がアルツハイマー病の最初のトリガーとなっているか?という問いが、未だ明らかになっていないからです。私たちは、若年性アルツハイマー病の発症頻度が高いダウン症をモデルケースとして、モデルマウスを使ってこの問題に取り組んでいきます。


運動機能の向上はどのようにおきる?(有村)

図8

私たちの運動はどのように制御されているのでしょう。初めから一輪車に乗れる人は少なく、練習を経て、乗れるようになるのはなぜでしょうか?脳の回路にば柔軟性があり、本人の意図する行動をできるように変化する機能があると言われていますが、その基盤は未だ未解明です。私たちは神経細胞の活動や、回路の切り替え、などを通して、この機能向上がなされる仕組みを理解したいと考えています。


幼弱な神経細胞が、機能すべき場所まで移動できるのはなぜ?(有村)

図9

脳の奥深くで生まれた幼弱な神経細胞は、生まれた直後に脳の浅い部分に向かって移動を開始します。そして、正しい場所まで移動したのち、適切な回路形成を行います。これはもともと神経細胞に備わった本能のようなものですが、どうして正しい場所まで行けるのか、そのメカニズムにはまだわからないことが多く残されています。私たちは、胎児期のマウス神経細胞の移動を解析して神経ネットワーク形成の基盤を明らかにしたいと考えています。


私たちは“ストレス”をどう認識し、適応するのか?(五十嵐)

図10

私たちは常に環境の変化に適応して生活しています。外的ストレスを受けると、脳(室傍核)がストレスホルモンを出し、並行して自律神経活動を調整することで、呼吸、心拍、代謝、免疫を一過性に促進します。このように身体機能を変化させてストレスから脱し、その後亢進した機能を抑制して元の状態に戻ります。この一連の防御反応はストレス応答と呼ばれ、ストレス応答の異常は免疫や心血管、精神疾患を招くことが知られています。このストレス応答においては、室傍核の神経内分泌細胞と身体(末梢臓器)が緻密に連絡を取り合っていますが、その連絡様式が未だ調べられていません。私たちは、脳の電気活動、ストレスホルモン量の変化、そして身体から脳への信号を読み解くことで、ストレス応答の神経基盤を明らかにします。




 

電気生理記録法について

図5 1. 神経回路活動の大規模計測
脳機能を形成する神経細胞(ニューロン)の活動の本態は「活動電位(スパイク)」と呼ばれる電気信号です。この活動はミリ秒単位の現象であり、次の神経細胞にシナプス電位を誘発します。一般的に「脳波」と呼ばれる電気信号は、これら多数の活動電位やシナプス電位の集合的な電位変化であり、様々な脳部位に電極を設置することで記録される信号です。ラットやマウスでは、脳に直接微小な電極を埋め込むことで、精度の高い脳波が記録されます。この電気信号から、脳の情報処理に重要な神経細胞集団の活動がどこで、どのように起こったか詳しく調べることができます。
様々な部位での脳波を記録するためには、多数の電極を保持できる記録装置が必要です。こうした部品は3Dプリンタを用いて独自に設計しており、電極の数や配置を自由に変えることができるため、ほぼどの脳領域でも標的にできます。実際に得られたマルチユニット記録のデータ例を図に示します。ここでは、電極周辺の局所場電位(local filed potential)信号から、動物の行動と相関する周波数成分や、神経細胞1つ1つの活動電位の時間的変化を抽出します。

図6 2. 脳と末梢臓器活動の同時計測
脳と末梢の各臓器は単独で活動するものではなく、互いに密接な連絡を取り、影響を及ぼし合っています。多くの生体反応は、中枢と末梢の双方向性の情報伝達を経た調節の結果として捉える必要があります。こうした生理現象を調べるために、私たちは、上記の脳波計測に加えて、心電図(electroencephalogram (ECG))、筋電図(electromyogram (EMG))、呼吸リズム、迷走神経活動といった生体電気信号を同時記録するための計測法を開発しました。ここでは、動物の頭部に設置した記録装置にすべての信号を集約させて取り込みます。このような網羅的計測法を用いれば、中枢末梢連関を介した生体応答が、いつ、どこで、どのように生じるか、より直接的に解析し、定量的に評価することができます。得られた知見からは、中枢と末梢臓器の相対関係によって成り立つ全身システムを俯瞰的に解釈し、それらの機能的意味付けが可能となるものと期待されます。