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虫草の定義

 「虫草(チュウソウ)」とは,バッカクキン科(Clavicipitaceae)のノムシタケ属(Cordyceps)に属し、生物学的には真菌と担子菌の中間ほどに位置づけられる菌類の総称です。虫草は、原則として昆虫やクモ類に寄生して世代を繰り返えす「活物寄生菌」であり、彼らの生活環については科学的に不明な部分も多く、謎に包まれた菌類です。

冬虫夏草は固有名詞!

 巷では「冬虫夏草(トウチュウカソウ)」の名称が氾濫していますが、「冬虫夏草」とは、上述の「虫草」に定義される菌の一種であり、中国の四川省、貴州省、青海省、甘粛省、および雲南省、チベット、ネパール、ついでブータンの山岳地帯に棲息する鱗翅目のコウモリガの幼虫に寄生する虫草を「冬虫夏草」といいます。従って、コウモリガ類に発生した虫草菌(Cordyceps sinensis (Berk.) Sacc.)のみを指して「冬虫夏草」といいます。

コウモリガについて(補記)

 コウモリガ(Endoclyta excrescens Butler)が属するのはコウモリガ上科(Hepialoidea)・コウモリガ科(Hepialidiae)で、最も原始的な特徴*を持つガの仲間です。本昆虫は、日本では北海道から九州にかけて分布し、コウモリガ、キマダラコウモリ(E. sinensis Moore)、およびシロテンコウモリ(Palpifer sexnotata Matsumura)の存在が知られています。コウモリガの幼虫はハンノキ、スギ、コナラ、クサギ、ヨモギ、イタドリなどを食害する害虫であるとされます。幼虫は樹幹に潜り込み、穴の入り口に糞をしてこれらを糸で結びつける習性があるといいます。
 いわゆる「冬虫夏草」はコウモリガ(Endoclyta excrescens Butler)の幼虫に寄生し発生する虫草であると定義され、我が国にはその発生が確認されていないとされます(清水大典:グリーンブックス51、「冬虫夏草」pp 97、ニューサイエンス社,東京,1979)。
虫草菌は発生する寄生宿主に完全に依存しており、その寄生宿主から伸長する特異な子実体の形態によって分類される。さらに本菌類は世界各国に分布しており、日本、アメリカ、ロシア、中国にまたがって同じ種類の虫草が観察されるなど地域に孤立しない菌類であるとされる。従って、我が国にはコウモリガ(E. excrescens)が棲息するにも拘わらず、「冬虫夏草」の発生がないのは虫草菌の特徴を考慮すると少々疑問が残ります。
 さらに、「冬虫夏草」の発生が土中からであることも、寄生宿主である「コウモリガ(E. excrescens)」の生活環を考慮すると種々の疑問点が出てきます。そこでコウモリガについて調べた結果、中国の文献などで「冬蟲夏草」の寄生宿主として記載されている「蝙蝠蛾」は、我が国で呼称される「コウモリガ」と属を異するガであることがわかりました。
すなわち、中国名の「蝙蝠蛾(コウモリガ)」は学名が Hepialus armoricanus Oberthur (Microbial Information Network of Chinaのホームページ参照)で、和名の「コウモリガ(蝙蝠蛾)」は E. excrescens Butlerとなり、生物学上、同一のガではありません。よって、我が国にはHepialus属のガはいないので「冬虫夏草」の発生はありません。(文責:高野 文英)

* 前翅と後翅のサイズや翅脈のパターンが均等であることや,コウモリからの攻撃を回避するための超音波センサーの欠落などがあります(Rydell J. Proc. R. Soc. Lond. B. Biol. Sci. 265: 1373-1376, 1998).

中国の「中葯」における虫草菌の位置づけ

 中葯では、寄生宿主の違いによって虫草類を分類しています。
 ・鱗翅目(主として蛾)の蛹や幼虫に寄生するサナギタケ(C. militaris L.):鱗蛹虫草類
 ・膜翅目のハチに寄生するハチタケ(C. sphecocephala (Kl.) Sacc.):黄蜂虫草
 ・同翅亜目のセミに寄生するセミタケ(C. sobolifera B. et Br.):蝮蝟虫草
 ・コウモリガに寄生する虫草(C. sinensis):冬虫夏草
「冬虫夏草」は他の虫草類とは別扱いになっています。

※故に,日本で昆虫に寄生して発生する菌を全てをひっくるめて「冬虫夏草」と称するのは明らかな間違いで、中国式にいえば「虫草菌」、学術的にいえば「ノムシタケ属菌」というのが正当であります。

中国の虫草、いわゆる「冬虫夏草」について

 中国では秦代前から不老長寿の秘薬としてい受け継がれてきた伝承薬です。本品は中国王朝で瑞兆・吉兆を意味する印として珍重され、効能として不老長寿、滋養強壮、そして精力増強があるとされました。また、本品の変わった効能としてアヘン中毒の緩和や解毒に用いられました。なお、冬虫夏草に抗ガン作用があるとする記述はありません。

虫草の学術的な基礎知識

 虫草はバッカクキン科の菌類であることから、その形態学的特徴はライ麦に発生する「麦角(Claviceps purpurea (Fr.) Tul.)」と類似しています。
 左図のように,ライ麦花穂(1)から発生する棍棒状の子実体(stroma)と菌核を称してバッカク(ergot)(2)といいますが、この子実体と虫草(Cordyceps spp.←図は左端上の芋虫から発生しているもの)の子実体を比較すると、両者とも埋生か半埋生の子嚢殻(perthecium←図の(4)と(5))が認められます。さらにこれを拡大すると、胞子果の形成(図6と7)が認められます。子嚢は空気中の水分を感知すると先端部分が解裂し、胞子果のascis-sporeが空気中へと一斉に飛散します。虫草類はこのascis-sporeが新たな寄生宿主へと感染することで世代を繰り返します。なお、虫草類は現在は寄生宿主に特異的な子実体の形態によって分類されていますが、今後、遺伝子レベルでの解析が始まれば、虫草分類の分類図が大きく変わる可能性も考えられます。