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トリカブトとニリンソウ

 平成14年4月15日の報道によれば、山形県内で「トリカブト」を山菜の「ニリンソウ」と見誤って誤食し、中毒死する事故がありました。
 そこで本ページでは、誤食対照となる猛毒のトリカブトと、同じく誤食の可能性が高い有毒植物のレイジンソウをニリンソウの形態と比較し、その見分け方について検証してみました。

概略

 ニリンソウ(Anemone flaccida Fr. Schm.)が属するのは、トリカブトやレイジンソウと同科(キンポウゲ科)で,左図のような可憐な白い花をつける、春を代表する植物の一つです。ニリンソウは山菜としても有名で、おひたしや天ぷらにして食べられます。ニリンソウの学名が示しているように、同属の植物には観賞植物のアネモネがあります。
 ニリンソウは無毒と考えられがちですが、プロトアネモニンという皮膚を刺激する成分が含まれていると報告されているので、肌の弱い人は採取時に注意が必要です。

ニリンソウ
トリカブト

 

 山野に広く分布するトリカブト(左図はオクトリカブト:Aconitium japonicum) は、毒草の代名詞です。ニリンソウと同じキンポウゲ科で、トリカブト属の植物はほとんど全てが有毒植物です。トリカブト中毒は全草に含まれるジテルペンアルカロイドの aconitine 類により引き起こされます。トリカブト中毒の症状は、初期は舌のしびれや流唾・嘔吐がおこり、やがて酩酊状態となり、後に不整脈や昏睡をきたし、ついには心停止によって死に至ります。現在、医療の現場においてトリカブト中毒に対処するための有効な治療手段はありません。
 しかし、このような猛毒のトリカブトも、子根を減毒することにより製した生薬「附子」は、漢方において必要不可欠な重要生薬なのです。

 トリカブトと同属のレイジンソウもまた、広く山野に自生する有毒植物の一種です。トリカブトと同じくジテルペンアルカロイドのaconitine類を含有しており、食すればトリカブトと同じ中毒症状を惹起すると考えられます。
レイジンソウにもトリカブトにも、いくつもの亜種や変種があり、地上部の形体は多種多様を極めます、形態的にもニリンソウと類似しており、誤食の危険性がある要注意植物です。

レイジンソウ

 

形態

地上部で比較

 トリカブトの生長過程では、根から複数の茎が伸長し、これに花が咲きます(写真:黒矢印)。
 このような状況が観察できればニリンソウとトリカブトを滅多に見誤ることはありません。
 しかし、この判別法はあくまで植物が生長した段階で適用できる方法であり、ニリンソウの採取時である3~5月の若芽の段階でのこの判定手段は不適です。

 ニリンソウは写真の赤矢印のように、根から葉柄が一本立ちします。
 これに対して、トリカブト属の葉柄は茎および根元から枝分かれして伸長します。若芽の段階であっても、根の付近を注意深く観察することである程度の区別はできるのですが、困ったことに幼少のトリカブト属の植物のいくつかには、ニリンソウのように葉柄が一本立ちするものもあります。したがって、地上部のみでニリンソウとトリカブトを安全に鑑別する方法は無いと考えてよいでしょう。

全草で比較

 ニリンソウ、トリカブト、レイジンソウをそれぞれ掘り出し、並べてみました。まず,地上部の形態だけで比べてみると、これら3種の植物の区別が極めて困難であることがよくわかります。 ところが、地下部の根茎あるいは根の部分を対比すると、これらの植物の違いが歴然とします。即ち、写真右からレイジンソウ、中央ニリンソウ、一番左はトリカブトですがトリカブト属(トリカブトとレイジンソウ)の根は倒卵形の塊根であり(黒矢印)、対して、ニリンソウの根は(赤矢印)黒い根茎になっています。

左・トリカブト 中央・ニリンソウ 右・レイジンソウ

結論及び補記

 トリカブト属の植物は野生種から品種改良された園芸種に至るまでそれらの亜種や変異株が実に多く、ニリンソウとトリカブト属の植物の判別において、これらの地上部の形態を一瞥しただけで判別する方法はない。キノコによる中毒も同じですが、山菜取りでも採取に慣れてきた頃に中毒を起こすケースが高いです。
 ニリンソウとトリカブト類の鑑別に迷いを生じた場合には根を掘るか、それでもはっきりと判定できない場合には迷わず捨てましょう。また、不幸にしてトリカブトが食卓に上ってしまった場合、トリカブト類は口に入れると、舌に独特のピリピリとしたシビレと麻痺を誘発します。したがってもしこのような感覚がでた場合には、直ちに吐き出しましょう。既に幾つか食べてしまっている場合でも吐瀉させるなどし、ついで大量の水、お茶、あるいは牛乳を飲むなどして毒性分の吸収を一時でも遅らせましょう。トリカブト毒に対する感受性は個人個人で異なることは、中毒症例や漢方臨床例でよく知られた事実であり(ただし、詳細な作用機序は不明)、中毒量の閾値には個人差があります。したがって、症状の強弱の如何を問わず、できるだけ速やかに医師の治療(救急医療)を受けて下さい。
 なお、ニリンソウ以外の山菜でキク科植物のヨモギやモミジガサ(シドケ)をトリカブトと取り違えて誤食し、中毒を起こしたケースも報告されているので、これらの植物との識別にも注意が必要です。
 これは余談ですが、現在、トリカブトによる事件事故に対処するため、尿中や血中のアコニチン類を微量分析する方法が研究されています(Ohta H., et al., J. Chromatogr. B Biomed. Sci. Appl. 714: 215-221, 1998)。