MB&M 代謝制御薬学分野 東北大学大学院薬学研究科 生命薬学専攻

プロジェクトの概要

必須微量元素セレンの代謝と生理機能

セレンは、反応性が高く、強い毒性を持つ元素ですが、生体はセレンの特性を巧みに取り込み、生体防御に利用しています。セレンは、システイン(Cys)の硫黄がセレンに置き換わったアミノ酸であるセレノシステイン(Sec)の形でタンパク質に取り込まれ、Secを含むタンパク質は、セレノプロテインと総称されます。必須微量元素としてのセレンの役割は、セレノプロテインによって担われていると考えられます。セレノプロテインの中には、活性酸素種を還元・無毒化するグルタチオンペルオキシダーゼや、タンパク質ジスルフィドの還元などレドックス制御を担うチオレドキシン還元酵素が含まれます(図1)。Secは、これらセレノプロテインの酵素活性部位を形成する事が知られています。Secは終止コドンの1つUGAでコードされ、翻訳されうる21番目のアミノ酸とも呼ばれています。これまで、ヒトでは25種類のセレノプロテインが同定されています。代謝制御薬学分野では、食事に含まれるセレンが、どのようにセレノプロテインの合成に用いられるか、その代謝経路の解明を目指しています。特に、血漿中に存在するセレノプロテインPのセレン運搬作用について、その分子メカニズムを研究しています。セレノプロテインPは主に肝臓で合成され、血漿中に分泌されます。セレノプロテインPの最大の特徴は、分子内に10残基のSecを持つ点にあります(図2)。Secとして含まれるセレンが、セレノプロテインP受容体を介して、どのように細胞に受け渡されるのか、その生理的意義と分子メカニズムを研究しています。その他、これまでに同定されたセレノプロテインには、機能未知の分子も多く含まれています。機能未知のセレノプロテインについて、その機能解析も進めています。

抗酸化システムにおけるセレノプロテインの役割
図1 抗酸化システムにおけるセレノプロテインの役割
セレノプロテインPの構造
図2 セレノプロテインPの構造

過剰セレノプロテインP関連疾患メカニズムと治療法の開発

血漿中に存在するセレン含有タンパク質“セレノプロテインP”は、主に肝臓でつくられ、各組織にセレンを運ぶトランスポーターとして機能します。また、セレノプロテインPは、リン脂質ヒドロペルオキシドPL−OOHを安定なアルコール体PL-OHに還元する抗酸化酵素としても機能します。セレノプロテインPは、自身の抗酸化作用および細胞内のセレノプロテインレベルを維持することで、活性酸素に対する生体防御およびレドックス制御に重要な役割を果たしていると考えられます(図3)。しかし、これまでの研究から、2型糖尿病患者においてセレノプロテインPが増加し、増加したセレノプロテインPが肝臓や骨格筋のインスリン抵抗性を誘導して高血糖の原因となることが明らかとなってきました(図4)。さらに最近、過剰セレノプロテインPが、骨格筋の運動抵抗性や膵臓のインスリン分泌不全を引き起こすことが明らかとなってきました。このため、過剰セレノプロテインPは、2型糖尿病の重要な治療標的といえます。代謝制御薬学分野では、過剰セレノプロテインPによる糖代謝悪化メカニズムの解析を進めています。過剰セレノプロテインPによる機能障害がどのような分子メカニズムによるか、臓器・細胞特異性の解明を目指しています。さらに、過剰セレノプロテインPの作用を抑制し、2型糖尿病を治療する方法を開発しています。これまでに、セレノプロテインP中和抗体の開発に成功し、糖尿病モデル動物での改善効果を認めています(図5、6)。セレノプロテインPの血中濃度測定系を開発し、セレノプロテインPが高い患者にはセレノプロテインPを標的とした治療薬を選択するテーラーメイド型の糖尿病治療の確立を目指しています。

セレノプロテインPの抗酸化作用
図3 セレノプロテインPの抗酸化作用
過剰セレノプロテインPによる糖代謝悪化作用
図4 過剰セレノプロテインPによる糖代謝悪化作用
セレノプロテインP中和抗体による糖代謝改善効果
図5 セレノプロテインP中和抗体による糖代謝改善効果
過剰セレノプロテインPによる膵島障害および中和抗体による改善効果
図6 過剰セレノプロテインPによる膵島障害および中和抗体による改善効果

メチル水銀による脳神経毒性発現機構および生体防御機構

メチル水銀による脳神経毒性発現機構および生体防御機構

水銀は有用な金属であり、古くから様々な用途に利用されてきました。環境中に存在する水銀(無機水銀)の一部は微生物の働きによってメチル水銀に変換されます。このメチル水銀は水俣病の原因物質として知られており、重篤な中枢神経障害をもたらすことが知られています。また、魚介類中に比較的高濃度に蓄積されたメチル水銀を妊娠中の女性が多く摂取すると、メチル水銀が胎児に蓄積し、生まれてくる子供に脳障害や発育不全を引き起こす危険性が指摘されています。メチル水銀はヒトの健康への影響が最も懸念されている環境汚染物質の一つですが、その毒性発現機構およびそれに対する生体防御機構は解明されていません。代謝制御薬学分野では、メチル水銀による脳神経毒性発現機構の解明を目指し、その分子機構、特に神経細胞死を誘導するサイトカイン類の発現に着目した研究を行っています。また、セレンが示す水銀中毒抑制作用に着目し、セレノプロテインによるメチル水銀毒性に対する防御作用に着目した研究を行っています。

本庄八郎記念お茶財団

課題名:糖尿病増悪因子セレノプロテインPのエピガロカテキンガレートによる中和作用
外山 喬士
生命金属科学A03 生命金属と有害金属のメタル相互作用を介した生体機能撹

糖尿病で増加するセレノプロテインP(SeP)はセレン過剰供給を介して糖尿病病態を悪化させる、負のスパイラルを引き起こす原因因子である。最近我々は、SeP産生を抑制する食品成分を独自のスクリーニングにより探索したところ、お茶成分であるエピガロカテキンガレート (EGCg) が効率良くSeP産生を抑制することを見出した (Mita Y et al., 2021, Nuc Acid Res)。我々は、そのメカニズムの一部として、EGCgで誘導されるノンコーディングRNA L-ISTがSePの発現を抑制する機構を突き止めた。しかしながら、本機構だけでEGCgのSeP発現抑制作用は説明することができず、全容は明らかとなっていない。一方、最近我々は、メチル水銀がSePのセレノシステイン残基 (SePはセレンを輸送するために、この特殊なアミノ酸としてセレンを10原子組み込んでいる) と共有結合した場合、SePのセレン供給活性を著しく低下させることを見出した。EGCgは化学構造内に不飽和カルボニルを有しており、生体内で親電子的に振る舞うと考えられる。そのため、EGCgがSePのセレノシステインと結合して、SeP中和作用を示すと強く予想される。そこで、① 我々が独自に開発したセレノシステイン特異的なビオチンラベル化法であるacidic-BPMLを利用することで、SePのセレノシステイン残基へのEGCgの修飾を検討する。② SePのセレン供給活性にEGCgが与える影響についてと、培養細胞のインスリン抵抗性に与える影響を検証する。③ 更に、東北大学メディカルメガバンクに保管されている血漿中SeP濃度と、お茶摂取頻度、および糖尿病病態との相関関係を解析することで、実際のヒトにおける作用も検証する。

AMED 新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業

課題名:含セレン化合物による抗ウイルス・抗炎症のポリファーマコロジカルな多機能薬剤の開発
外山 喬士
生命金属科学A03 生命金属と有害金属のメタル相互作用を介した生体機能撹

AMEDシーズAを背景としたスクリーニングやメカニズム解析からEbselenは、Mproの活性中心のシステイン残基と共有結合 (セレノスルフィド結合; R-Se-S-R) を形成することがその薬効の作用点となることが判明した。通常、共有結合性の薬 (コバレントドラッグ) は、対象との立体的な相互作用 (Docking)、および共有結合 (Locking) のミックスモードによって標的分子と安定な共有結合を形成し、強力な薬効を発揮する。しかし、非特異的な標的に対する不可逆的な共有結合を形成し、重篤な特異体質性薬物毒性 (IDT) を引き起こすことが問題となり、一般的に開発は難しい。一方、セレノスルフィド結合は生体内のグルタチオン (GSH) や超硫黄分子 (R-S(n)-R) といった求核分子とチオール交換反応で容易に転移 (Rolling) する。そのため基本的に、生体内分子に対する非特異的な結合は一過的に解消されるため毒性は低いと考えられる。しかしながら驚くべきことに、Mproに対するEbselenのセレノスルフィド結合はGSHでは解除不可能であり、選択的に不可逆的な阻害作用を示すこと (Rollingの終着点となる) が判明した。そこで、本プロジェクトでは、Docking、Lockingだけでなく、新たにRollingの概念も加えた新規モダリティで安全性の高い抗ウイルス薬・コバレントドラッグ開発を目指す。また、我々が開発した含セレン化合物は細胞内のGSHと反応することでグルタチオンペルオキシダーゼ様の活性サイクルを示し、活性酸素種を消去することも明らかとなった。このことから、我々が開発中の含セレン化合物は、Mpro阻害 (ウイルス増殖阻害) だけでなく、抗酸化―抗炎症作用も合わせて発揮する、1剤で無症状―軽症―重症まで対応可能な、マルチモーダル (ポリファーマコロジカル) な次世代型の感染症治療薬 (COVID-19に限らず) となる可能性があり、鋭意開発を進めている。

AMED 橋渡し研究戦略的推進プログラム

課題名:Ebselen誘導体をベースとした経口抗ウイルス薬の開発
外山 喬士
生命金属科学A03 生命金属と有害金属のメタル相互作用を介した生体機能撹

COVID-19の原因であるSARS-CoV2の増殖にはプロテアーゼであるMproが必須である。最近、約10,000種類の化合物スクリーニングから、EbselenがMproの強力な阻害剤として見いだされた (Jin et al., 2020, Nature)。Ebselenは構造内にセレンを含有し抗酸化作用を示す薬剤として、第3相試験まで進んだ経緯がある。したがって、ヒトでの安全性はある程度確立されており、EbselenはドラッグリポジショニングによるCOVID-19治療薬の有望な候補化合物である。そこで我々は、含セレン化合物をスクリーニング&構造展開することで、より強力なMpro阻害活性物質を新規COVID-19治療薬のシーズを発掘する研究を進めている。

学術変革領域研究(A) 新興硫黄生物学が拓く生命原理変革(硫黄生物学)プロジェクト

A03 : 超硫黄分子が担うシグナル伝達
課題名:超硫黄分子とセレンのクロストークによるシグナル伝達制御

必須微量元素セレンは、硫黄と同じ周期表第16属元素であるが、電子軌道が大きく、超硫黄分子と同等の高い反応性を示す。最近、我々の研究から超硫黄分子とセレンの直接的な相互作用が明らかとなってきた。本研究課題では、超硫黄分子に対するセレン含有タンパク質の反応性を解析し、セレン含有タンパク質による超硫黄分子の還元・制御機構および細胞内シグナル伝達に対する作用機序を明らかにする。過剰セレノプロテインPが関与する疾病(糖尿病や血管病変、がんなど)と超硫黄分子との関連性を明らかにし、疾病に関わるシグナル伝達(インスリン刺激・細胞増殖など)の制御機構を解明する。

AMED「循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策実用化研究事業」

AMED「循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策実用化研究事業」
メガバイオデータに基づく疾患リスク予測システムに関する研究開発

本研究では、東北メディカルメガバンク機構(ToMMo)の地域住民コホート研究(5年フォローアップ済み)で収集された血液検体を用い、5年後の高血糖など生活習慣病の発症リスクを予測するバイオマーカーを同定し、“メガバイオデータに基づく疾患リスク予測システム”の構築を目的として行う。本研究では、ToMMoで収集された血漿のSeP濃度の測定およびICP-MS解析を行い、セレン・Hg・Asなど25種類の元素レベルの情報を取得する。SeP濃度による高血糖予測システムの検討に加え、重金属・微量元素レベルと、これまで蓄積されている疾患情報や遺伝子多型、代謝物量、オミックスデータなど膨大なバイオデータを用いることで、疾患リスク予測システムの構築に挑戦する。
https://www.amed.go.jp/koubo/01/05/0105C_00032.html

新学術領域 生命金属科学プロジェクト

生命金属科学A01 生命半金属セレンのダイナミクス制御機構の解明
生命金属科学A01 生命半金属セレンのダイナミクス制御機構の解明
斎藤 芳郎

セレノプロテインP(SeP)は、血漿中の主要なセレン含有タンパク質である。我々の研究から、SePが細胞に効率よくセレンを運搬する機能を持つことが明らかとなっている。SePは脳や精巣、リンパ球にセレンを優先的に運ぶことが示されているが、その詳細は明らかではない。最近、我々の研究から、培養細胞の種類によってSePのセレン運搬効率が大きく異なることが明らかとなった。効率のよい細胞では“SePからセレンのみが外れるダイナミックなセレン運搬機構”が想定された。本研究では、新たに見つかったセレン運搬メカニズムの全容解明を目指して研究を行う。各細胞で発現しているSeP受容体の配列比較を行い、SePに対する親和性の違いや、相互作用する因子の違いを明らかにする。細胞内に取り込まれた後、存在する小胞や共存する分子を同定し、ダイナミックなセレン受け渡し機構を明らかにする。さらに、セレンを受け渡した後のSePの構造変化を明らかにする。以上の研究から、SePを介した全く新しいセレン運搬機構を明らかにし、生体のセレン制御機構の新規概念を提唱する。
https://bio-metal.org/members/koubo/2020-koubo-a01/2020-a01-k01-saito/


生命金属科学A03 生命金属と有害金属のメタル相互作用を介した生体機能撹
生命金属科学A03 生命金属と有害金属のメタル相互作用を介した生体機能撹
外山 喬士

血漿中に存在するセレノプロテインP (SeP) は必須微量元素である生命半金属セレンを、セレノシステイン (システインの硫黄がセレンに置き換わったアミノ酸) として保持し、同元素を脳や胎児に効率よく供給するための輸送体です。最近、水俣病の原因物質であり、胎児の神経障害を示す有害金属であるメチル水銀 (MeHg) が血漿中で主にSePのセレノシステインに結合して体内を循環することが報告されました。SePはその受容体を通じて各組織へのセレン供給を担いますが、本供給経路にMeHgも便乗することで (メチル水銀によるSePのハイジャック)、その毒性発揮に関与する可能性が考えられます。また、MeHgが結合したSePは神経細胞に取り込まれますが、セレン源としては用いられない可能性が示唆されており、生命金属と有害金属のメタル相互作用を介した全く新しい毒性発現機構が想定されています。そこで本研究では、新技術「セレノシステイン特異的に結合したメチル水銀検出法」を開発・ベースとし、上記仮説の解明に挑戦します。
https://bio-metal.org/members/koubo/2020-koubo-a03/2020-a03-k01-toyama/


「生命金属科学」研究最前線ビデオシリーズ セレンの動態と機能 を作成しました。

https://bio-metal.org/research-video/series-2-se/


生命金属科学A02:肝臓のセレンホメオスタシスに基づく肝疾患発症機序の解明
有澤 琴子
生命金属科学A03 生命金属と有害金属のメタル相互作用を介した生体機能撹

セレンは抗酸化機能を担う生命半金属であり、その恒常性の破綻は生活習慣病などの疾患の要因となります。セレン含有タンパク質であるセレノプロテインP(SeP)は、主に肝臓で産生され、各組織にセレンを供給することで全身の抗酸化機能を制御しています。しかし、肝臓におけるSePの病態生理的機能はあまり理解されていません。
非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の初期患者では血中でSePが増加することが報告されていますが、SePの分泌増加とNASH病態との関連性は明らかではありません。最近の我々の研究から、肝細胞からのSeP分泌増加は、肝細胞内のセレン量を減少させ、抗酸化機能をもつセレンタンパク質の減少を招くことが示唆されました。さらに、SePタンパク質自体は還元活性も持っており、SePによる細胞内のレドックス制御が、鉄など他の生命金属の代謝にも影響を及ぼすことで、疾患を相加・相乗的に調節する可能性も見出されてきました。本研究では、生化学・分子生物学的手法に加えて質量分析による金属の網羅的解析・代謝物解析を行い、病態の進行と金属動態変化を継時的にとらえることにより、肝臓のセレンホメオスタシスに基づく肝疾患の発症機序を明らかにすることを目指します。