MB&M 代謝制御薬学分野 東北大学大学院薬学研究科 生命薬学専攻

プレスリリース

食品成分による糖尿病増悪因子の制御方法を解明―糖尿病を予防する新たな戦略開発に期待―

発表のポイント

  • ・糖尿病を悪化する悪玉“セレノプロテインP”を低下する食品成分として“スルフォラファン”を発見しました。
  • ・ブロッコリースプラウトに含有されるスルフォラファンが、セレノプロテインPのリソソーム分解を促進して低下作用を示すことを明らかにしました。

概要

必須微量元素であるセレン注1の輸送タンパク質である“セレノプロテインP” 注2は、通常時は体にとって必要なタンパク質ですが、糖尿病患者で増加し、病態を悪化する“悪玉”であることが分かっています。そのため、セレノプロテインPを減らしすぎず、増やしすぎずバランスを取ることが健康に重要です。東北大学大学院薬学研究科の叶 心瑩氏、外山喬士講師、斎藤芳郎教授らの研究グループは、食品成分であるスルフォラファン (SFN; ブロッコリースプラウトに豊富に含まれています) 注3が、 セレノプロテインPの発現を抑制することを、培養肝細胞およびマウス投与モデルで明らかにしました。今後、本機構を制御することで、生活習慣病を予防・治療する新たな戦略の開発が期待されます。この研究成果は、2023年10月19日(木曜日)に米国科学誌『Communications Biology』にオンライン掲載されました。

詳細な説明

研究の背景

肝臓で合成され血液中に分泌される“セレノプロテインP(SeP)”は、必須微量元素セレンを含むタンパク質であり全身にセレンを運ぶ運搬役です。しかし、糖尿病患者では肝臓でSePの産生が増加することが分かっています。増加したSePは、インスリン抵抗性やインスリン分泌を悪化するため、糖尿病を増悪させる “悪玉” であることがわかっています。そのため、SePの発現を抑え、一定量を保つことが健康に重要と考えられています。

今回の取り組み

東北大学大学院薬学研究科 叶 心瑩氏、外山喬士講師、斎藤芳郎教授らの研究グループは、培養肝細胞 HepG2を用いた検討からブロッコリースプラウトに豊富に含まれるスルフォラファン (SFN) が、SePを低下する作用を持つことを見出しました。SFNは、肝細胞のリソソームにおけるSePの分解を促進して、SeP発現を抑制することが明らかとなりました)。本現象はSFNを投与したマウスでも認められました。SFNは抗酸化酵素の発現を制御する転写因子Nrf2の活性化剤としてよく知られており、サプリメントとしても開発されています。本研究から、SFNによるSePの発現抑制作用はNrf2活性化とは独立していることも明らかとなりました。つまり、SFNはNrf2活性化を介した健康増進作用だけでなく、別の機構によっても糖尿病抑制に寄与する可能性が考えられます。

今後の展開

セレン輸送タンパク質であるSePは、生命維持に必要ですが、過剰になると糖尿病を悪化する悪玉となります。そのため、その濃度を一定に保つことが健康維持に重要であると考えられますが、SeP発現を低下する機構はほとんど知られていませんでした。本研究によって、ブロッコリースプラウト成分であるSFNが肝臓でのSeP分解を高めることで、その発現を抑制する機構が初めて明らかとなりました。本研究から、食品機能成分を活用した糖尿病の予防法開発への貢献が期待されます。SFNは、抗酸化酵素・解毒代謝酵素の発現を司る転写因子Nrf2の活性化作用に着目され研究が進められていますが、それとは独立した作用も有することが明らかとなり、複合的なメカニズムによって健康増進作用を示していると考えられます。本研究からSFNの生理機能に基づく新たな糖尿病治療薬・予防戦略が提示されます。

謝辞

本研究は、文部科学省科学研究費補助金 基盤研究(A)や基盤研究(B) により実施しました。

論文情報

タイトル:Sulforaphane decreases serum selenoprotein P levels through enhancement of lysosomal degradation independent of Nrf2
著者: Xinying Ye, Takashi Toyama*, Keiko Taguchi, Kotoko Arisawa, Takayuki Kaneko, Ryouhei Tsutsumi, Masayuki Yamamoto and Yoshiro Saito*.
*責任著者:東北大学大学院薬学研究科 教授 斎藤 芳郎、講師 外山 喬士
掲載誌:Communications Biology
DOI:10.1038/s42003-023-05449-y
URL: https://www.nature.com/articles/s42003-023-05449-y

用語解説

  • 注1 セレン:必須微量元素の一つであり、生体内ではタンパク質に含まれる。セレンを含むタンパク質の中には、活性酸素を還元・無毒化し、活性酸素から生体を守る抗酸化作用を示すものが知られる。一方で、セレンは反応性の高い元素で、毒性も高いことも知られている。
  • 注2 セレノプロテインP(SeP):必須微量元素セレンを含むタンパク質で、肝臓で主に合成され、血液中に分泌される。分泌されたSePは、各臓器にセレンを運ぶ役割を果たす。これまで、糖尿病患者においてSePが増加し、増加したSeP(過剰SeP)がインスリンの効果を弱めること(インスリン抵抗性)や、インスリンの分泌を抑制し、糖尿病態を悪化することが知られている。
  • 注3 スルフォラファンSFN: アブラナ科植物、特にブロッコリースプラウトに多く含まれる成分で、活性酸素を除去する抗酸化作用や糖尿病予防効果が知られる。サプリメントも開発されている。

超硫黄分子種による抗酸化作用を発見 ―フリーラジカルを消去して脂質酸化を抑制―

発表のポイント

  • ・超硫黄分子種注1によるフリーラジカル注2消去作用を発見し、脂質酸化注3を抑制することを明らかにしました。
  • ・超硫黄分子種によるフリーラジカル消去作用は、代表的な抗酸化物質であるビタミンE誘導体Trolox注4よりも強力であることを明らかにしました。
  • ・超硫黄分子種は、動脈硬化との関連性が知られている血中の脂質酸化を効果的に抑制することを明らかにしました。

概要

生物の体内に取り込まれた酸素の一部は、反応性の高い酸素である“活性酸素種”となることが知られています。活性酸素種の中でも非常に反応性が高いフリーラジカルは、脂質など様々な生体成分を酸化します。脂質の酸化は、動脈硬化や神経変性疾患など多様な疾患の原因となるため、適切に抑制する必要があります。
 超硫黄分子種は、硫黄が連なった構造を持つ化合物の総称で、生体内に豊富に存在し、多様な生理機能を持つことが明らかとなってきました。超硫黄分子種は、過剰な活性酸素種によって誘導される酸化ストレス注5に対して防御的に働くことが知られていますが、フリーラジカルや脂質酸化との関係は不明でした。
 東北大学大学院薬学研究科の金子尚志助手と斎藤芳郎教授、および同志社大学の共同研究グループは、超硫黄分子種がフリーラジカルを消去し、脂質の酸化を抑制できることを見出しました。またこの作用は、連結する硫黄数の増加に伴って増強されることを発見しました。これらのことから、超硫黄分子種は生体内でフリーラジカルを消去し、脂質酸化による酸化ストレスを抑制すると考えられます。本研究から得られた結果は、これまで不明瞭だった超硫黄分子種によるフリーラジカル消去作用および脂質酸化抑制効果を定量的に解明したものであり、超硫黄分子種による抗酸化作用を考える上で基盤となる知見です。今後、超硫黄分子種を増加させることで酸化ストレスに起因する疾患の予防へとつながることが期待されます。
 本研究成果は、2023年1月11日(水曜日)に英国科学誌『Free Radical Research』にオンライン掲載されました。

詳細な説明

研究の背景

酸素は生き物にとって必須の元素であり、その反応性を利用して呼吸によるエネルギー産生を行っています。しかし、呼吸の過程で反応性の高い酸素である活性酸素種が生じることが知られています。一方、生体には、活性酸素種を除去する抗酸化システムが備わっており、私たちの体を活性酸素種による酸化から防御しています。しかし、酸化/抗酸化のバランスが破綻すると、体内の酸化反応が亢進した“酸化ストレス”が誘導され、動脈硬化や神経変性疾患などの様々な疾患の原因となることが知られています。近年、生体内で発生したフリーラジカルは、連鎖的な脂質酸化を引き起こし、 “フェロトーシス”と呼ばれる鉄依存的な細胞死を誘導することが見いだされています。フリーラジカルが様々な疾患に関与することが明らかになり、フリーラジカルや脂質酸化を標的とした制御方法の開発が望まれています。
 硫黄は、周期表において酸素と同族の第16族に属する元素であり、生体内ではアミノ酸のシステインや抗酸化物質グルタチオンの素材として利用されるなど、生命にとって必要不可欠です。超硫黄分子種は、硫黄が連なった構造を持つ化合物の総称で、ニンニクやタマネギの香味成分としても知られています。最近、超硫黄分子種は生体内に豊富に存在することが発見され、様々な生理作用を担うことが次々と明らかにされています。上述の酸化ストレスに対して防御的に働くことが知られていますが、フリーラジカルや脂質酸化に対する反応性は不明でした。

研究の概要

東北大学大学院薬学研究科 金子尚志助手と斎藤芳郎教授、および同志社大学の共同研究グループは、様々な超硫黄分子種によるフリーラジカル消去活性を評価しました。リン酸緩衝生理食塩水中で、様々な抗酸化物質および超硫黄分子種の存在下でフリーラジカルを発生させ、フリーラジカルと反応するプローブであるピロガロールレッド、またはフルオレセインと反応させました。その結果、Na2Sはフリーラジカル消去作用を示しませんでしたが、Na2S2, Na2S3, Na2S4はフリーラジカル消去活性を持ち、連結する硫黄数が増加することによってフリーラジカルとの反応速度および反応数(量論数)が上昇しました。また、ヒト血漿中でフリーラジカルを発生させ、脂質酸化反応を進行させた場合における超硫黄分子種の影響を調べたところ、超硫黄分子種は非常に強力な脂質酸化抑制作用を示しました。さらに、この抑制作用は、フリーラジカルの発生場所が水層中または脂質層中のいずれでも発揮されることがわかりました。また、ニンニクなどに含まれる有機超硫黄分子種でも同様に検討した結果、これら化合物はフリーラジカル消去作用を持たないものの、脂質酸化抑制作用を持つことがわかりました。以上、超硫黄分子種は強力なフリーラジカル消去作用および脂質酸化抑制作用を持つことが明らかとなりました。

社会的意義と今後の展望

老化とともに増加する酸化ストレスは、様々な疾患を引き起こすことから、過剰な酸化ストレスを防ぐことが望まれています。本研究から、超硫黄分子種が直接的にフリーラジカルを消去できること、および脂質酸化を抑制できることがわかりました。超硫黄分子種は反応性が高く、これまで測定が十分にされてこなかったためにその重要性が気づかれなかった可能性があります。
 今後は、本研究で得られた知見をもとに、培養細胞や動物レベルで超硫黄分子種がどのようにフリーラジカルや脂質酸化を抑制するかを分子レベルで理解することで、酸化ストレスによって誘導される種々の疾患に対する予防や治療戦略の確立が期待されます。

 本研究は、文部科学省科学研究費補助金 基盤研究、学術変革領域(硫黄生物学)、研究スタート支援、AMED循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策実用化研究事業および創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)により実施しました。

論文題目

Title: Antioxidant action of persulfides and polysulfides against free radical-mediated lipid peroxidation
Authors: Takayuki Kaneko, Yuichiro Mita, Kanako Nozawa-Kumada, Masana Yazaki, Mieko Arisawa, Etsuo Niki, Noriko Noguchi, and Yoshiro Saito*
*責任著者
Journal: Free Radical Research
DOI: 10.1080/10715762.2023.2165918

用語解説

  • 注1 超硫黄分子種: 硫黄原子が2個以上連なった構造をもつ化合物の総称。近年生体内での検出方法が確立され、タンパク質のシステインや抗酸化物質グルタチオンの超硫黄化を介して、酸化ストレス防御に重要な役割を担っていると考えられている。
  • 注2 フリーラジカル: 不対電子を持つ分子種で、特に酸素由来のフリーラジカルとしてスーパーオキサイド、ヒドロキシラジカルによる酸化ストレスが研究されてきた。生体内において、上述のラジカル種の他に脂溶性の高い脂質ラジカルや脂質ペルオキシラジカルが存在しており、これらによる連鎖的な脂質酸化反応によって惹起される細胞死“フェロトーシス”が注目を集めている。
  • 注3 脂質酸化:脂肪酸が活性酸素種やフリーラジカルによって酸化されると、過酸化脂質が生じる。特に、酸素原子が2個連なった過酸化脂質は非常に反応性が高く容易にDNAやタンパク質を修飾し、本来の機能を阻害することが知られている。
  • 注4 Trolox: 脂溶性ビタミンであり抗酸化物質として知られるビタミンEの水溶性類縁体。抗酸化能を比較する種々の試験で、Troloxの抗酸化能を基準として評価することが多い。
  • 注5 酸化ストレス: 反応性の高い酸素由来の分子群“活性酸素種”により、生体分子の酸化反応が亢進した状態を表す。低レベルの活性酸素種は生理的なシグナル伝達において重要な役割を果たしているが、過剰な活性酸素種による酸化ストレスは組織や細胞を傷害することで種々の疾患の原因となる。

インスリン分泌に必要なセレンの働きを解明 - 膵β細胞の生存・インスリン産生に重要な作用を発見 -

発表のポイント

  • ・必須微量元素セレンを含む“セレノプロテインP(SeP)”注1が、インスリンを分泌する膵β細胞の機能に重要な役割を果たすことを発見しました。
  • ・セレノプロテインPが細胞内のセレン含有タンパク質を維持し、“フェロトーシス”と呼ばれる細胞死を抑制することを明らかにしました。
  • ・セレノプロテインPがインスリン前駆体の分解を抑制し、インスリン産生・分泌に重要な役割を果たすことを明らかにしました。

概要

必須微量元素“セレン”注2は、体にとって必要な元素ですが、毒性が強いことも知られ、私たちの体の中では厳重に管理されています。そのセレンを多く含む“セレノプロテインP”は、主に肝臓で合成された後、血液中に分泌され、各臓器にセレンを運ぶ役割を担っています。インスリンを産生・分泌する膵臓β細胞がセレノプロテインPを発現することは知られていましたが、その役割は不明でした。東北大学大学院薬学研究科の斎藤芳郎教授と同志社大学大学院生命医科学研究科の北林奈々子氏、中尾昌平氏、三田雄一郎助教らは、膵β細胞モデルMIN6細胞のセレノプロテインP発現を低下させた結果、細胞内のセレン含有タンパク質が低下し、フェロトーシス注3と呼ばれる鉄依存的な脂質酸化反応を伴う細胞死が誘導されることを発見しました。さらに、セレノプロテインPの低下に伴い、インスリン前駆体が分解されることを見いだしました。このことから、膵β細胞が発現するセレノプロテインPは、フェロトーシス細胞死を抑制し、インスリンの産生・分泌を維持する重要な役割を果たしていることが明らかとなりました。今後、膵β細胞を保護する薬剤開発への応用が期待されます。
 この研究成果は、2022年3月22日(火曜日)に米国科学誌『Free Radical Biology & Medicine』にオンライン掲載されました。
 本研究は、文部科学省科学研究費補助金 基盤研究(A)や新学術領域(生命金属科学)、AMED循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策実用化研究事業により実施しました。

詳細な説明

研究の背景

肝臓で合成され血液中に分泌される“セレノプロテインP(SeP)”は、必須微量元素セレンを含むタンパク質で、各臓器にセレンを運ぶ重要な役割を担うタンパク質です。セレンは我々の体に必要不可欠な元素ですが、毒性も高いため、その制御は厳重になされています。SePは、主に肝臓で合成されますが、肝臓以外の様々な臓器でも産生され、各臓器で多様な役割を担っています。インスリンを産生・分泌する膵β細胞は、血糖値が増加するとインスリンを分泌し、血糖値を低下させる重要な役割を担っている細胞です。膵β細胞は、SePも合成・分泌することが知られていましたが、その役割は不明でした。

研究の概要

東北大学大学院薬学研究科 斎藤芳郎教授、同志社大学大学院生命医科学研究科 北林奈々子氏、中尾昌平氏、三田雄一郎助教らの研究グループは、膵β細胞モデルMIN6細胞にsiRNAを作用してSeP発現を低下させました。その結果、細胞内セレン含有タンパク質であるグルタチオンペルオキシダーゼGPx4やセレノプロテインK(SELENOK)の低下が観察されました。さらに、SeP発現が低下したMIN6細胞では、細胞内のインスリンおよびその前駆体(プロインスリン)の低下が認められました。以上の結果から、SeP発現が細胞内セレン含有タンパク質GPx4やSELENOK、インスリン・プロインスリンの維持に重要な役割を果たしていることが明らかとなりました。SeP発現により低下したGPx4は、鉄依存的な脂質酸化反応を伴う細胞死“フェロトーシス”の主要な制御因子として知られています。実際、SeP低下に伴うGPx4の低下は、MIN6細胞にフェロトーシス細胞死を誘導しました。また最近、SELENOKの低下はstress-induced nascent granule degradation (SINGD)注4と呼ばれるタンパク質分解系を活性化する作用があることが報告されました。本研究で見られたSeP低下に伴うSELENOKの低下は、MIN6細胞にSINGDを誘導し、プロインスリンの分解を促進することが示されました。SINGDは、SeP KOマウスの膵臓でも認められました。以上、SePによる細胞内セレン含有タンパク質の維持が、膵β細胞の機能に重要な役割を担っていることが明らかとなりました。

社会的意義と今後の展望

膵β細胞は、血糖値を低下するインスリンを分泌する細胞であり、全身の糖代謝を制御する重要な機能を担っています。膵β細胞の機能が低下すると、慢性的な高血糖状態となり2型糖尿病を発症します。膵β細胞を保護する薬剤の開発は、糖尿病克服に向けてカギとなると考えられますが、未だに達成されていません。膵β細胞は、合成するタンパク質のうち50%がインスリンという特徴的な細胞で、活発なタンパク質合成のために負荷が多い細胞としても知られています。本研究から、膵β細胞がSeP発現を介してセレンを制御し、生存維持およびインスリン産生を行っている事が分かりました。セレンは反応性が高く、強い毒性を有する元素ですが、生体はその性質を巧みに利用していることが明らかとなりました。本研究で得られた知見は、膵β細胞を保護する薬剤の開発に向けた基盤となる研究成果と言えます。セレンは“諸刃の剣”であり、過剰になると2型糖尿病の発症リスクが増加することも知られています。生体内におけるセレンの役割を分子レベルで理解し、糖尿病を含むセレン関連疾患の新たな予防・治療戦略の確立が期待されます。

論文題目

Title : Role of selenoprotein P expression in the function of pancreatic β cells: Prevention of ferroptosis-like cell death and stress-induced nascent granule degradation
Authors : Nanako Kitabayashi, Shohei Nakao, Yuichiro Mita, Kotoko Arisawa, Takayuki Hoshi, Takashi Toyama, Kiyo-aki Ishii, Toshinari Takamura, Noriko Noguchi, and Yoshiro Saito
Journal : Free Radical Biology & Medicine
DOI : https://doi.org/10.1016/j.freeradbiomed.2022.03.009

用語解説

  • 注1 セレノプロテインP(SeP):必須微量元素セレンを含むタンパク質で、肝臓で主に合成され、血液中に分泌される。分泌されたSePは、各臓器にセレンを運ぶ役割を果たす。SePによって運ばれたセレンは、細胞内に存在するセレン含有タンパク質の合成に用いられる。細胞内セレン含有タンパク質として、反応性の高い酸素(活性酸素)を除去するグルタチオンペルオキシダーゼGPxが知られている。生体内には、25種類のセレン含有タンパク質が存在しており、セレノプロテインKなど機能がまだよく分かっていないものも存在する。
  • 注2 セレン:約200年前にスウェーデンで発見された元素で、月の女神“セレーネ”にちなんで名付けられた。反応性が高く、強い毒性を持つ一方で、必須微量元素であり、欠乏症や過剰症が知られる。セレンは魚介類や肉類、穀物にも含まれている。セレンの必須な生理作用は、セレン含有タンパク質によって担われている。セレンは、活性酸素の除去や生体防御に重要であるが、過剰になると2型糖尿病など生活習慣病の発症リスクが高まることが知られている。
  • 注3 フェロトーシス: 鉄依存的な脂質酸化反応(フェントン反応と呼ばれる)を伴う細胞死で、細胞内に脂質酸化物の蓄積が見られる。セレンを含むGPx4は、脂質酸化物を除去し、フェロトーシスを抑制することが知られている。GPx4が低下すると、脂質酸化物が増加し、フェロトーシスが誘導される。
  • 注4 stress-induced nascent granule degradation (SINGD):ストレス誘導性の新生顆粒の分解反応であり、膵β細胞で見つかったインスリン前駆体の分解機構の一つ。栄養飢餓や代謝ストレス下において誘導され、インスリン前駆体が含まれる顆粒がリソソームへと運ばれ分解される。2型糖尿病患者においてもSINGDが起こっていると考えられている。最近、セレノプロテインKの低下によりSINGDが誘導されることが報告されたが、その詳細な分子機構は不明な点も多く残されている。

糖尿病を予防する新規RNAを発見 ー 生活習慣病を予防する新たな戦略開発に期待 ー

発表のポイント

  • ・糖尿病を悪化する悪玉“セレノプロテインP(SeP)注1を低下させる新規RNAを発見しました。
  • ・新規RNAは、セレノプロテインPタンパク質を低下する活性を持つことから、L-IST(Long Non-coding RNA-Inhibitor of Selenoprotein P Translation)と命名しました。
  • ・緑茶に含まれるエピガロカテキンガレートがこのL-ISTを増加させることを明らかにしました。

概要

“セレノプロテインP”は、体にとって必要なタンパク質ですが、増えすぎるとインスリンの効果を弱めて血糖値を増加させる作用があります。そのため、糖尿病で増加するセレノプロテインPは病態を悪化する“悪玉”として知られており、セレノプロテインPを一定に保つことが健康を維持する上で重要と考えられます。東北大学大学院薬学研究科の斎藤芳郎教授と同志社大学大学院生命医科学研究科の三田雄一郎助教らは、セレノプロテインPに注目して研究を進める中で、それと似た構造を持つ遺伝子CCDC152を発見しました。次にその機能を調べたところ、CCDC152遺伝子はRNAとして作用し、セレノプロテインPタンパク質を下げる働きがあることが明らかとなったことから、CCDC152をL-IST(Long Non-coding RNA-Inhibitor of Selenoprotein P Translation)と命名しました。そこでL-ISTを増加させる化合物を探したところ、糖尿病予防効果で知られている緑茶成分エピガロカテキンガレートにL-ISTを増加し、セレノプロテインPを下げる作用があることが分かりました。今後、L-ISTを増加させ、生活習慣病を予防・治療する新たな戦略開発が期待されます。

この研究成果は、2021年6月18日(金曜日)に英国科学誌『Nucleic Acids Research』にオンライン掲載されました。

本研究は、文部科学省科学研究費補助金 基盤研究(A)や新学術領域(生命金属科学)、AMED 循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策実用化研究事業により実施しました。

詳細な説明

研究の背景

肝臓で合成され血液中に分泌される“セレノプロテインP(SeP)”は、必須微量元素セレン注2を含むタンパク質で、各臓器にセレンを運ぶ重要な役割を担うタンパク質です。しかし、糖尿病患者では、SeP mRNA注3が増加し、それに伴ってSePタンパク質が増加することが分かっています。増加したSePは、血糖値を下げる作用を持つインスリンの分泌を抑制し、インスリンの効果を弱めることから、血糖値を増加する“悪玉”として作用することが分かってきました。そのため、SePタンパク質を一定の値に保つことが生活習慣病の予防、健康維持に重要と考えられます。

研究の概要

東北大学大学院薬学研究科 斎藤芳郎教授、同志社大学大学院生命医科学研究科 三田雄一郎助教らの研究グループは、SeP遺伝子の配列についてデーターベース上を解析した結果、SePと似た構造を持つ遺伝子CCDC152を偶然発見しました。CCDC152遺伝子は、その存在は知られていましたが、その機能は知られていませんでした。CCDC152遺伝子の機能について調べるため、SePを発現分泌する肝臓由来HepG2細胞への作用を解析しました。HepG2細胞にCCDC152遺伝子を発現させた結果、SeP mRNA量は変化しませんでしたが、SePタンパク質の発現量が減少することが分かりました。この結果から、CCDC152がSePタンパク質の量を下げる機能を持つことが分かりました。SePタンパク質を低下するメカニズムを詳細に解析した結果、CCDC152はRNAとして作用し、SeP mRNAに結合して、SePタンパク質の合成を抑制することが分かりました。以上、CCDC152遺伝子はSePタンパク質の合成(翻訳)を抑制するRNA分子として機能することから、L-IST(Long Non-coding RNA-Inhibitor of Selenoprotein P Translation)と命名しました。次に、L-ISTを増加する化合物を探したところ、緑茶に含まれるエピガロカテキンガレートEGCg注4がL-ISTを増加する作用があり、SePタンパク質を低下する作用があることが分かりました。

社会的意義と今後の展望

SePは、各組織に必須微量元素セレンを運ぶ重要な役割を担っている一方、過剰になると糖尿病を悪化する悪玉となるため、その濃度を一定に保つことが健康維持に重要であると考えられます。これまで高血糖や高脂肪によりSePタンパク質の発現が増加することが分かっていますが、SeP発現を低下する機構の存在は知られていませんでした。本研究によるL-ISTの発見から、SePの暴走を防ぎ、糖代謝を一定に保つ体の仕組みが明らかになりました。また、L-ISTを増加し、SePを低下する食品由来成分EGCgが本研究で初めて発見されました。緑茶は、古くから糖尿病の予防効果があることが知られていますが、L-ISTを介したSeP発現低下作用が予防効果に寄与している可能性が考えられます。今後、SePレベルの高い糖尿病患者およびその予備軍に対するEGCgのサプリメントや、EGCgをリード化合物としたL-IST発現増加薬などの開発が期待されます。本研究から、SePレベルを標的とした生活習慣病の新たな予防・治療戦略が提示されます。

論文題目

Title : Identification of a Novel Endogenous Long Non-coding RNA that Inhibits Selenoprotein P Translation
Authors : Y Mita, R Uchida, S Yasuhara, K Kishi, T Hoshi, Y Matsuo, T Yokooji, Y Shirakawa, T Toyama, Y Urano, T Inada, N Noguchi, and Y Saito
Journal : Nucleic Acids Research
DOI: 10.1093/nar/gkab498

用語解説

  • 注1 セレノプロテインP(SeP):必須微量元素セレンを含むタンパク質で、肝臓で主に合成され、血液中に分泌される。分泌されたSePは、各臓器にセレンを運ぶ役割を果たす。これまで、糖尿病患者においてSePが増加し、増加したSeP(過剰SeP)がインスリンの効果を弱めること(インスリン抵抗性)や、インスリンの分泌を抑制し、糖尿病態を悪化することが知られている。
  • 注2 セレン:必須微量元素の一つであり、生体内ではタンパク質に含まれる。セレンを含むタンパク質の中には、活性酸素を還元・無毒化し、活性酸素から生体を守る抗酸化作用を示すものが知られる。一方で、セレンは反応性の高い元素で、毒性も高いことも知られている。
  • 注3 mRNA:DNAの持つ遺伝情報を元に合成される核酸。mRNAの配列を元にタンパク質が合成される(翻訳と呼ばれる)。これまで多くの遺伝子は、タンパク質として機能すると考えられていたが、近年RNAとして機能する遺伝子も数多く知られるようになった。
  • 注4 エピガロカテキンガレートEGCg:緑茶に豊富に含まれる成分で、活性酸素を除去する抗酸化作用や糖尿病予防効果が知られる。多くのサプリメントも開発されている。