脳は、我々の身体状態を絶えずモニターしていますが、その生体メカニズムはまだまだ不明な点が多く残されています。このような新しい生命科学分野に挑戦する佐々木教授らの研究が2024年10月3日(水曜日)にNature誌の特集号に紹介されました。オンライン版は以下のウェブサイトから閲覧できます。
https://www.nature.com/articles/d42473-024-00217-w
記事の日本語要約
私たちの脳は、内臓をはじめとする身体の状態を常にモニターしています。こうした感覚は「内受容感覚」と呼ばれ、体温維持、心拍数制御、血糖レベルの調節など、恒常性維持(ホメオスタシス)に重要な役割を果たしています。また最近では、内受容感覚が脳の感情や意思決定にも大きな影響を与えることが解明されつつあります。つまり、これらの脳情報処理メカニズムを理解することは、不安、うつ病、摂食障害などのメカニズム解明につながる可能性があります。
佐々木教授は、このような実験では観察しづらい内受容感覚の研究を進めています。特に、心臓、肺、消化器系など重要な末梢臓器と脳を繋ぐ迷走神経に注目しています。例えば、最近の研究ではマウスを用いた実験で、精神的なストレスが迷走神経活動を減少させること、不安とうつ様行動を増加させることを発見しました。また、これらの行動は迷走神経刺激で改善されることもわかりました。「これらの結果は、迷走神経と脳のコミュニケーションが、うつ病や不安など様々な精神症状を軽減するような治療標的になる可能性を示唆しています」と佐々木教授は説明します。
また内受容感覚を司る重要な脳領域の1つに島皮質があります。この領域はホメオスタシスの調節から運動制御、認知機能に至るまで、多様な機能に関与しています。佐々木教授らは、ラットを用いた研究により、島皮質が腸の動きや摂食行動の制御に重要や役割を果たしているという直接的な証拠を見出しました。このような脳による摂食行動や消化プロセスの異常は、肥満、摂食障害、胃腸障害などと関連すると考えられ、新しい治療法開発のための知見になる可能性があります。最近では、遺伝子操作や光遺伝学的ツールなど様々な実験技術が発達してきました。こうしたツールを活かせば、どのような内受容感覚の信号が関与するか、さらに詳細に調べることができると期待されます。
脳と末梢臓器の相互作用は、従来の考え方よりも複雑であることがわかってきました。「今後、内受容感覚の脳情報処理や統合メカニズムの解明が進めば、生理的・感情的プロセスに関する新たな洞察が得られ、精神疾患から代謝・消化器疾患まで様々な治療法開発にも貢献できるかもしれない」と佐々木教授は期待しています。